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不謹慎を「笑い」に 故・桂歌丸師匠がハゲネタで見せた芸人道

2018年7月に亡くなった歌丸師匠。ハゲネタを許していたのには理由がありました。

更新日: 2018年09月30日

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コンプレックスを笑いに変えるってどういうことか、桂歌丸師匠に学びました。合掌。

落語界の至宝、桂歌丸師匠がお亡くなりになりました

落語家の桂歌丸(かつら・うたまる、本名:椎名巌=しいな・いわお)さんが2日、慢性閉塞性肺疾患のため横浜市内の病院で亡くなった。

笑いであの世へ送り出すのが芸人の心意気

歌丸さん死去の報を受け放送された8日の『笑点』では早速、歌丸さんをお題にした大喜利を披露。円楽を筆頭に、歌丸さんと“死”を結び付ける定番の“不謹慎ネタ”を堂々と吐く。

人を笑せることを商売としている芸人たちにとっては、自らの死、あるいは盟友、家族たちの死さえ、最大の“オチ”なのかもしれない。桂歌丸さんにしても、自分の死を湿っぽく送ってほしいとはおそらく思っていないだろうし、送る側の笑点メンバーたちもその“期待”に応えてしっかり笑いを取りにいった。

笑点での歌丸師匠といえば「ハゲネタ」

昭和の名勝負数え唄といえば言うまでもなく、新日本プロレス絶頂期の藤波辰爾 VS. 長州力、かつての「お笑いマンガ道場」における鈴木義司 VS. 富永一朗、そして「笑点」往年の歌丸 VS. 小圓遊 ”ハゲ・キザ”泥仕合にとどめが刺されるだろう。

プライベートでもハゲネタで笑いを取りに行く貪欲さ

歌丸さんの孫弟子にもあたるタレントの田代沙織さんは、去年の夏に師匠の自宅に行ったエピソードとして頭に育毛剤をかけマッサージをしていた話をサンケイスポーツの取材で明かしています。

「大喜利」では数々のハゲネタが飛び交った

歌丸「冬眠していた熊もそろそろ目を覚ます季節です。そこで皆さんには熊になっていただきました」 歌丸「良く寝たかね?」 昇太「僕熊のプーさん。あんたハゲのじーさん」

歌丸「それでは三問目。私がカエサルになりますので、皆さんはブルトゥスになって私を刺して下さい。私が『ブルトゥス、お前もか』と言いますので、そこで面白い答えを返して下さい」 (カエサル風のハゲかつらを被る歌丸。圓楽が『かつら、いらねえじゃん』と呟き、座布団全部没収される)

歌丸「最近難聴と偽った上、自分で作曲してなかった作曲家が話題です、私がその作曲家になって聞こえませんと白をきるのでさらに何か言って貰いたい」 圓楽「あなたは間違っている」 歌丸「聞こえません」 圓楽「このクソジジイ、ハゲ、ミイラ、鶏ガラ!」 歌丸「山田!あいつの全部とれ」

歌丸「はい、円楽さん」 円楽「この力で助けてやる!」 歌丸「近寄らないで、この化け物!」 円楽「ハゲモノは俺じゃなくて司会者席のあいつだよぉ」

元SMAP稲垣メンバーもぶちかます

稲垣さんは「桂歌丸師匠とかけまして一流のスタントマンと解きます。その心は、けがない」。外山アナも「桂歌丸師匠とかけまして最新のスマホと解きます。その心は、ずいぶん薄くなりました」と2人は「笑点」でも行われていたように歌丸さんの頭部をダシに笑いをとった。

それもすべて歌丸師匠の優しさから

子どものころ笑点見ながら歌丸師匠と師匠のハゲをいじる楽太郎氏の掛け合いにハラハラしてたんだが、新聞のインタビュー記事で楽太郎氏が「笑点はぶっつけ本番勝負。出演したばかりの時期に良いネタが出なくて手を挙げられず困っていたら、歌丸師匠が『困ったときは俺のハゲを使え』と助けてくれた」→

最後まで芸を磨き続けた落語家だった

「牡丹灯籠」「真景累ヶ淵」「怪談乳房榎」などの怪談噺、「塩原多助一代記」「双蝶々雪の子別れ」などの人情噺、歌丸はこれらの大ネタに晩年まで取り組み続けた。

取り組み続け、挑み続け、落語家として話芸者として前を向き続け、その背中を見せ続けた姿勢そのものが、まごうことなき桂歌丸の功績だった。落語の道、芸の道に終わりはないと後進に語りかけるかのように。

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