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50日間子供を放置してホスト遊び・・大阪2児餓死事件の全貌

2010年に発生した大阪市西区のマンションで2児が母親・下村早苗の育児放棄によって餓死した事件。子供らには、食べものがなくなり、ゴミ溜めの残飯を漁り、カップ麺の容器も綺麗に舐めた跡があった。映画「子宮に沈める」の元になった事件。

更新日: 2018年10月19日

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firk12さん

●大阪2児餓死事件

2010年に発生した大阪市西区のマンションで2児(3歳女児と1歳9ヶ月男児)が母親の育児放棄によって餓死した事件。

子宮に沈めるの映画を観て大阪2児餓死事件を見たけど子供を持つ母としてどうして自分の子をここまでほって置けるのか分からないし、1度は心の底から愛した時もあるだろうし、餓死してから1ヶ月放置して一部ミイラ化してるのを見ても何も思わなかったのかな。懲役30年は短いよ。 pic.twitter.com/6MbGfH6Lkt

・悲惨な生い立ち

下村早苗は、1987年、三重県四日市市で高校教師の父と主婦の母親との間に三姉妹の長女として生まれた。

父親は高校で名門ラグビー部を育て上げた有名監督だった。母親は父親の教え子の一人で、両親ともに夜遊びや不倫を繰り返すような家庭だった。

5歳の頃に両親が別居し、2人の妹とともに母親に引き取られた。

「お母さんがいない」と電話があり、駆けつけた父親が目にしたのは、飼い犬の排せつ物の臭いが充満する部屋で、汚れた服を着た娘たちの姿だった。母親は、頻繁に子供を置いて外出していたようだった。

両親は小学1年の時に正式に離婚、父親が娘たちを引き取った。父親は下村が小学3年の時に別の女性と再婚したが、3年ほど後に再び離婚した。

中学生になってから、茶髪にして夜はカラオケや仲間の家に。バイクを乗り回し補導された。毎週、家出や外泊をし、家出のお金を稼ぐため援助交際。

高校卒業の頃には落ち着き家事や礼儀作法を身につけていたという。

下村早苗の生い立ちを聞いて、やはり児童虐待は連鎖するんだと実感。実父(下村大介)って、ラグビーの名コーチらしいがそんな人間が堂々職場復帰してる事実も知り、この親いつまで他人事で済ますんだろうかとびっくりします。

下村早苗の人生を思って涙が出た。子供をあらゆる手段でイジメ、殴り、衰弱させ殺した養父とかなら分かるけど、彼女はあまりに不幸で無知で…。もちろん犠牲になった子供が1番かわいそうだから罪は償う必要はあるけどね。

・結婚と離婚

下村は地元に戻り、割烹店に就職。そこで当時大学生だった男性と出会い妊娠・結婚する。

しかし2008年に二人目の子供が生まれた直後、下村は人間関係に問題を抱えるようになった。

古い友達と連絡を取るようになり、子供を家に置いて朝帰りを繰り返した。夫婦は結局離婚する事となった。

・誰も頼れない1人での子育て

名古屋でキャバクラ嬢として勤めながらの子育ては大変だったという。子どもたちは次々に熱を出し、医者には「お母さんと離れたくないイヤイヤ病ではないか」と言われた。仕事を休めば収入が下がる。

子どもたちは夜は託児所に預ける。昼間は一緒にいる。公園で一緒に遊んでいる。子ども中心に生活していると、「良いママ」を振る舞い、父に写メールを送った。

2009年10月に下村は新型インフルエンザに罹患する。元夫と実父にそれぞれ子どもを預かって欲しいと助けを求めたが、どちらからも仕事があると断わられた。

同じ頃、楓ちゃんの1歳の誕生日を祝いたいと元夫を動物園に誘ったが、これも断わられる。当日は誰からもお祝いのメールや電話がなかった。

約1週間後、新しく恋人ができた。月末には職場を変わった。借金が返せなくなり、子どもを見てくれた友人とも疎遠になる。下村の中で何かが壊れた。

あの事件の下村早苗容疑者はニュースによると最初のころは子育てに意欲的だったそうだ。 私は彼女の気持ちも少しはわかる気がする。 ひとりで知らない土地で仕事も相談する人もなく、子育てをするのがつらいかは… 逃げたくなってしまったのだろう でも子供を殺すのは絶対にいけないが

・大阪に「夜逃げ」

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