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【U2のアルバム②】October

BonoReedさん

・発売日:1981年10月12日
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:スティーブ・リリーホワイト
・チャート:IRE17位、UK11位、US104位

解説

U2のアルバムの中でももっとも人気がなく、評価の低いアルバム。定説ではBoyツアーの1981年3月22日ポートランド公演の後、ボノが歌詞を書いたノートなどが入ったブリーフケースを紛失し、それがアルバムのレコーディングに支障を来して不満足な出来に終わったということになっている……が、果たしてそうなのか? この点について異議を唱えているのがこのアルバムのプロデュースを担当したスティーブ・リリーホワイトで、彼は「当時U2のメンバーは歌詞をまったく重視しておらず、ボノがマイクの前に立って即興で捻りだしていた。歌詞を書いたノートがあったとしても、そんなものはメモ程度のもので役に立つものではなかったのではないか?」という趣旨のことを述べている。またエッジもU2 by U2の中で「ツアーが入っていざスタジオに入ってもなにも思い浮かばなかった」とうっかり漏らしている……これらの話を総合すると早くもネタ切れに陥ったというのが真相だろう。

そしてアルバムのテーマは信仰。当時ロックと信仰の狭間で揺れ、ボノ、エッジ、ラリーはバンド脱退まで考えたという当時の彼らの心情がそのまま表れている。後にボノは「Octoberはほとんどのバンドが無視している分野に立ち入っている」と自画自賛しているが、当時、ロックに宗教を持ち込むことは非常にダサいこととされており、事実、ボブ・ディランが1979年~1981年にかけてSlow Train Coming、Saved、Shot of Loveのいわゆる宗教三部作を発表した際は大きく評判を落としたものである。U2もそうなりかねなかったのだが、1981年8月16日Thin Lizzyのスレーン城公演で前座として登場し、October収録曲を初披露した際、オーディエンスに暖かく迎えられ、ホッと胸をなでおろしたのだという。

アルバムタイトルのOctoberは理想主義よりも物質主義が蔓延る80年代に文明の黄昏を感じたことから、そう名づけられ、元は曲のタイトルだったが、アルバムのタイトルにもなった。

プロデューサーはBoyに引き続いてスティーブ・リリーホワイト。当時リリーホワイトは同じアーチストを二度プロデュースしないというポリシーを持っていたのだが、バンドが新しいプロデューサーを探している時間がなかったので、例外的にプロデュースを担当したのだという。彼はアルバムの出来にはさほど不満はないのだが、レコーディング前に曲をライブで練り上げたBoy収録曲と違って、レコーディングの際に作ったOctober収録曲はスタジオヴァージョンよりもライブヴァージョンのほうが断然いいという不満を抱えているのだそうだ。

また前述したように人気・評価ともに低い本作であるが、当時まだ自分の技術に自信がなかったアダムが泣きながらベースを弾いたというだけあって、アダムは全曲ベストアルバムに入れたいぐらいお気に入りなのだという。またBoyに比べて音の空間を生かした曲作りがされており、前作ではどこか一本調子だったエッジのギターも自由自在に唸っており、そのエッジがピアノを弾いていたり、イリアンパイプがフィーチャーされていたり、細部に工夫も見られる。

ちなみに当時のアルバムのセールスは可もなく不可もなくというもので、アイランド・レコード内ではU2との契約を打ち切る話も持ち上がったらしいのだが、社長のクリス・ブラックウェルの反対により、なんとか首の皮一枚繋がった。

ジャケット

デザインはスティーブ・アルビニ。

スタジオ近くのダブリン運河で撮影した。All That You Can’t Leave Behindの際もこのあたりでジャケット用の写真撮影をして、アルバムのタイトルもGrand Canal Docksにする案もあったが、結局、ボツになった。

レコード会社はこのジャケットに難色を示したが、バンドは自分たちの意見を押し切った――が、今となってはレコード会社ほうが正しかったと考えているようで、U2のアルバム史上最低の作品という定評を得ている。

収録曲

1. Gloria

・発売日:1981年10月5日
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:スティーブ・リリーホワイト
・チャート:IRE10位 UK55位

Octoberからのセカンドシングル。

Gloriaとはラテン語でGlory(神の栄光)の意味。ボノはラテン語を話せず、教会でほんの少しだけ単語を覚えた程度(ちなみにBono Voxとはラテン語で「いい声」という意味である)。だからレコーディングの際に突然口からGloriaという言葉が出てきた際も意味がわからず、ラテン語がわかる学生に意味を教えてもらった。歌詞や歌い方にはポール・マクギネスから貸してもらったグレゴリオ賛歌のアルバムの影響があるとのこと。当時、宗教とロックの狭間で揺れていたボノ、エッジ、ラリーの心境を反映し、宗教的な内容となっている。

またパティ・スミスのカバー経由で知ったヴァン・モリソンのGloriaも意識しているとのこと。

アダムが初めてベースソロを披露している。

僕はこの曲の歌詞が大好きだ。すぐにできたんだ。この曲は言語というものをもう一度見つめ直すこと、つまり、言葉で喋りつつ、言語以外の方法を探ることを表現している曲だと思う。I try to sing this song... I try to stand up but I can't find my feet.という歌詞はラテン語的であり、賛美歌的でもある。最後にラテン語のコーラスで盛り上がるところは凄いね。いまだに笑ってしまうよ。素晴らしいほど馬鹿げていて、壮大で、オペラ的な曲だ。もちろんGloriaはヴァン・モリソン的な意味で女性についての曲だ。アイルランドのバンドである限り、そのことには自覚的でなければならない。当時の反応は面白いものだったよ。みんな「女性を精神的に扱い、神を性的に扱っている」というんだ。そんなことを言われる前に歌詞は完成していたといのにさ。神のことを歌っているのに女性のことを歌っているなんてことありえるだろうか? けれど今やこの曲は神についての曲といわれているんだ。女性ではなくてね。(ボノ)

監督:メイアート・エイヴィス ロケ地:ダブリン

ロケ地は「October」のレコーディングを行ったウインダム・レーン・スタジオ近くのグランド・セントラル運河に浮かべた荷船の上。当時、PVが珍しかったという事情も相まって、MTVでヘビーローテーションされ、U2の知名度アップに一役買った。

2. I Fall Down

歌詞に登場するジュリーとはニューヨークのリッツでライブした際、ステージに上がってきた裕福な弁護士の娘のことと言われており、後に彼女はアイルランドに渡ってアダム以外のU2のメンバーが入っていた宗教団体シャロームに加わり、元Virgin Prunesのドラマーで当時U2のローディーをやっていたポッドと恋に落ちた……のだが、当のボノはこのことをよく覚えておらず、真相はわからない。

3. I Threw a Brick Through a Window

自分の姿が映ったガラス窓にレンガをぶつけて粉々に割ってしまいたいという自己嫌悪の曲。Boyのテーマの延長線上にある曲といえよう。

4. Rejoice

I Will Followと同じく家庭が崩壊する感覚を歌った曲。

5. Fire

・発売日:1981年7月
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:スティーブ・リリーホワイト
・チャート:IRE4位 UK35位
・収録曲:

1. Fire
2. J.Swallow

Octoberリリースの三ヶ月前にリリースされたアルバムからのリードシングルで、U2のシングルとして初めてUKチャートにチャートインした。元はSaturday Nightという曲で、Boyの初期ヴァージョンには最後の曲のShadows and Tall Treesの後に隠しトラックとして収録されていたものである。

レコーディングはBoyツアー中に休暇で訪れたバハマのナッソーにあるクリス・ブラックウェルのスタジオで行われた。シングルヒットを意識したそうだが、エッジが「理想と中身が一致しなかった」と語っているとおり、凡曲に終わっている。

この曲でU2はTop of The Pops初出演を果たしたが、翌週、チャートはランクダウンした。だが一方で、その様子をテレビで観ていたノエル・ギャラガーがU2のファンになるという副産物があった。

6. Tomorrow

ボノはこの曲の作詞をしている際、道端に停めた黒い車がノックされるシーンをイメージしていた。当初は北アイルランド紛争の犠牲者のことだと思っていたのだが、アルバムリリース後、ボノが14歳の時に死んだ母親のことを歌っていることに気づいた。そのシーンは母親の葬式の朝、霊柩車に乗るのをためらった時のものだった。

ボノが直接的に母親のことを歌っている曲はI Will Follow、Tomorrow、Lemon、Mofo、Iris (Hold Me Close)である。

この曲ではアイルランドの伝統楽器イリアンパイプがフィーチャーされている。リリーホワイトが「彼らがスコットランド人だったらブラスを使っていただろう」と述べていることからして、さほど深い意味はなさそうだ。

イリアンパイプを弾いているのはヴィニー・キルダフという元In Tua Nua、The Waterboysのメンバーで、シネイド・オコナーやClannadとの共演歴もあるマルチ音楽プレーヤーで、Warツアーでも何度かステージで共演している。

1996年、ボノとアダム・クレイトンはドーナル・ラニー監修のCommon Groundというケルトミュージックのコンピ集でこの曲をセルフカバーしている。

7. October

アルバムのレコーディングに入る前に一部出来ていた曲で、本当はもっと長い曲になるはずだったのだが完成させることが出来ず、こんな短い曲になった。エッジが子供時代以来久しぶりにピアノの前に座った時に出来た曲だそうだ。

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