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【U2のアルバム⑥】Rattle and Hum

BonoReedさん

・発売日:1988年10月10日
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:ジミー・アイオヴィン
・チャート:IRE1位、UK1位、US1位

解説

映画「U2・魂の叫び」のサントラで、収録曲中カバー曲が2曲、ライブ曲が6曲、新曲は9曲だけだが、U2の6枚目のスタジオアルバムという位置づけである。ちなみにRattle and HumというタイトルはBullet the Blue Skyの歌詞の一節からいただいた。

アルバムの内容は前作のアメリカンロック路線をさらに推し進めたもので、ボブ・ディランのカバー(All Along the Watchtower)と共作曲(Love Rescue Me)、ゴスペルグループとの共演( I Still Haven't Found What I'm Looking For)、ビリー・ホリディに捧げた曲(Angel of Harlem)、B.B.キングとの共演(When Love Comes to Town)とてんこ盛り……が、耳をよく澄ませてみるとルーツミュージックをやっているのはゲストたちであり、U2はいつものU2でしかない。その証拠に映画「U2・魂の叫び」でSilver and Goldを演奏している際、ボノが「エッジ、ブルーズを弾くんだ」というシーンがあるのだが、その後エッジが弾くギターがどう考えてもブルーズではなく、エッジそのものなのだ。U2自身もアメリカンロック路線を打ち出したはいいが、どっぷりはまるにつれ、それは自分たちとは関係のないところからきたものだと身に沁みるようになり、早々に限界を感じていたらしい。「アメリカまでルーツを探しに行ったけれど、そこには自分たちのルーツはなかった」と悟ったのが、このアルバムの真相である。

またロックレジェンドと共演したり、彼らを曲に引用したことによって、U2は「自分たちとロックレジェンドを同列に並べている。傲慢だ」という批判を喰らった。自分たちは彼らにレスペクトを払っただけなのに……とU2は他人は自分が思っているように自分のことを見てくれていないと実感したことだろう。これが90年代の”奇行”の布石になった。

ビル・グラハムなどはU2のアメリカンロック路線に可能性を見出していたらしく、U2のルーツの一つがボブ・ディラン、ニール・ヤング、ブルース・スプリングスティーンなどのプロテストフォークにあるのは間違いなのであながち的外れな分析でもなかったのだが、本人たちはいまいち受けが悪いと見るや、さっさとこの路線を捨て、フォークから歌詞を大切さを、ブルーズからグルーブ感を学ぶと、90年代はデジタルロック路線をひた走るのだった。

収録曲

1. Helter Skelter

1987年11月8日デンバーのマックニコラス・スポーツアリーナでの公演の演奏が収録されている。

The Beatlesのカバー。「滑り台の下まで行ったら またてっぺんまで上るんだ(When I get to the bottom, I go back to the top of the slide)」という歌詞がThe Joshua Treeの喧騒(Rattle and Hum)をよく表していると考え、カバーした。映画の中では「チャールズ・マンソンがThe Beatlesから盗んだ曲を取り戻したんだ」と言ってから歌っている。また映像作品Zoo-TV Live in SydneyではStay (faraway, so close!)を歌い終わった後に「The Beatlesに盗まれた曲を取り戻したんだ」と言っているが、いまいち滑っている。

2. Van Diemen's Land

エッジがボーカルを取った二番目の曲。Van Diemen's Landとは現在のオーストラリアのタスマニア島のことである。

ジョン・ボイル・オレイリー(1844~1890)というアイルランド独立運動の活動家をテーマにした曲。彼は囚われの身となってオーストラリアに送られた後、脱走してアメリカに渡り、その後は新聞記者・作家として活躍したが、1890年に睡眠薬を飲んで自殺した……のだが、ジョン・ベンダーという人物が調査したところによると、彼がタスマニア島に送られたという史実はないようだ。

The Water is Wideというアイルランドの古歌をベースにしている。同タイトルの古歌もあるそうだが、こちらとはまったく関係がない。

3. Desire

・発売日:1988年9月26日
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:ジミー・アイオヴィン
・チャート:IRE1位 UK1位 US3位
・収録曲:

1. Desire
2. Hallelujah (Here She Comes)
3. Desire (Hollywood remix)

U2のシングルとして初めてUK1位に輝いた曲。

ロックバンドで成功してビッグになりたいという野心(Desire)をストレートに歌った曲と述べているが、同時に彼が批判してやまないテレビ伝道師とロックスターの類似点にも気づいていた。そういう矛盾に引き裂かれている曲で、Achtung Babyの布石になっているといえる。

これまでU2はセッションを重ねることで曲を作っていたが、The Joshua Treeの頃からなかなか曲が出来なくなり、方針転換を迫られていたところ、エッジはDesire、Hawkmoon269、Angel of Harlemをアコースティックギターで作曲した。

The Stoogesの1969経由で知ったボ・ディドリー・ビートを使用している。当時音楽が科学的になりすぎていると考えていたエッジは、この曲はロックンロールに回帰するものだと述べている。

DesireのシングルのB面にはDesire (Hollywood remix)が、When Love Comes to TownのB面にはGod Part II (Hard Metal dance mix)が収録されており、とともにノイジーなリミックスがされている。通説ではU2が次なる方向を求めてインダストリアルミュージックを聞くようになったのはLovetownツアーが終わってからAchtung Babyのレコーディングが始まるまでの期間とされているが、この事実は恐らくLovetownツアー中に既に次なる方向性を模索していたことを示唆するものである。

監督:リチャード・ロウェンスタイン ロケ地:ロサンゼルス

リチャード・ロウェンスタインはINXSのPVを撮っていたオーストラリア人映像作家。このオリジナル版にさらに映像を追加したDesire (Hollywood Remix)のPVもあるが、Youtubeには挙がっていない。

4. Hawkmoon 269

269とは曲が完成するまでリミックスされた回数。Hawkmoonというタイトルの由来には諸説あり、希望の戦略ツアーでアメリカを移動している時、ノースダゴダでHawkmoonという町の看板を見て印象的だったので書き留めたという説があるが、ノースダゴダにはそのような名前の町は存在しない。また映画「パリ、テキサス」の脚本を書いたサム・シェパードの短編小説集から採ったという説もある。ボノは長いツアーのせいで溜まっていた性的欲求不満がこの曲に表れていると述べている。

ボブ・ディランがハモンドオルガンを弾いている。

これまでU2はセッションを重ねることで曲を作っていたが、The Joshua Treeの頃からなかなか曲が出来なくなり、方針転換を迫られていたところ、エッジはDesire、Hawkmoon269、Angel of Harlemをアコースティックギターで作曲した。

ボノはミックスのしすぎで曲のよさが損なわれていると考えており、現在ではライブで演奏されることもないが人気の高い曲。

5. All Along the Watchtower

ジミ・ヘンドリクスのカバーによって有名になったボブ・ディランの曲のカバー。U2はBoyツアーの1981年2月9日のロンドン公演でWah!というポストロックバンドのピート・ワイリーと一緒にこの曲を演奏したことがある。

1987年11月11日サンフランシスコのエンバーカデロセンターで行われたSave The Yuppieというライブでの演奏が収録されている。ステージに立つ5分前にコードを確認したらしい。エッジのイントロのギターがミスで録音できていなかったので、後で付け足した。またボノは「俺にあるのは赤いギターにスリーコード。そして真実だけ」という歌詞を付け足している。

演奏中、ボノは噴水の壁に「Stop The Traffic - Rock n Roll」とスプレーで落書きしたが、これはサンフランシスコの条例違反で、逮捕される可能性もあったが、プロモーターのビル・グラハムが罰金を支払い、落書きを消させて、事なきを得た。

6. I Still Haven't Found What I'm Looking For ~ 7.Freedom for My People

New Voices of Freedomというニューヨークのゴスペルグループとの共演。アイランドから I Still Haven't Found What I'm Looking Forのゴスペルヴァージョンをレコーディングしてくれと依頼されたコンダクターのデニス・ベルは急遽聖歌隊を結成し、この曲をレコーディングした。結果は上々だったが、アイランド・レコード社長クリス・ブラックウェルがU2を商業利用していると難色を示してシングルをリリースする話は流れ、デニスは自ら創設したインディーズレーベルからリリースした。

その後、U2のThe Joshua Treeツアーの1987年9月28日のマディソン・スクエア・ガーデン公演で共演。感動的なステージで、クリス・ブラックウェルは再度アイランドからのシングルリリースを申し出てきたが、デニスはこれを拒否した。なお映画「U2・魂の叫び」で使われたているのはハーレムの教会で行ったリハーサルシーンである。

その後New Voices Of Freedomはボノに頼まれてSweetest Thingをカバーした。この曲は映画「三人のゴースト」(1988年)のサントラに収録されている。

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