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【U2のアルバム➄】The Joshua Tree

BonoReedさん

・発売日:1987年3月9日
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:ダニエル・ラノワ ブライアン・イーノ
・チャート:IRE1位、UK1位、US1位

解説

U2のキャリアのみならずロック史に残る金字塔的作品。2014年にアメリカ国立図書館で永久保存されることに決まったのもむべなるかなである。

ボブ・ディランに「ロックのルーツを探れ」とアドバイスされ、キース・リチャーズにブルーズを教えてもらったたボノは、それまでとんと無縁だったはロバート・ジョンソン、ハウリン・ウルフ、ハンク・ウィリアムズといったブルーズを片っ端から聞くようになり、またフラナリー・オコナー、トルーマン・カポーティ、レイモンド・カーバー、ノーマン・メイラーといったアメリカ文学を読み漁るようになり、どっぷり”アメリカ”にはまっていった。またロックのもう一つのルーツであるアイルランドの伝統音楽にもはまり、ClannadとIn a Lifetimeで共演し、The WaterboysやHothouse Flowersとも親交を深めた。さらにライブエイド、セルフエイド、希望の戦略ツアーなどのチャリティコンサートに参加するにつれ政治問題にも社会問題にも目覚め、アリと一緒にエチオピア、ニカラグア、エルサルバドルを訪れたりした。アルバムにはこれらの経験がすべて反映されている。アメリカの光と影に焦点を当てているということで、The Two Americasというタイトルが候補に挙がっていたことがある。

レコーディングはスレーン城にこもったThe Unforgettable Fireのレコーディングに倣ってダブリン近郊のラスファーナムというところにあるDanesmoateというジョージア風の邸宅の中で始まった。その時出来たのが With or Without YouとI Still Haven’t Found What I’m Looking For。希望の戦略ツアーで一時中断した後、レコーディングはウィンダム・レーン・スタジオ、Danesmoate、Melbeachと呼ばれるエッジの自宅で続行された。Mothers of the DisappearedとBullet the Blue SkyはそのMelbeachで作れらた曲である。またレコーディングの途中でラノワとファーストソロアルバムを制作中だったロビー・ロバートソンが訪ねてきて、結果的にそのソロアルバムに収録されたSweet Fire of Loveをレコーディングする一幕もあった。レコーディングは1986年11月に一旦終わり、1987年1月にB面曲をいくつか収録して正式に終わった。

そして完成したのがThe Joshua Tree――が、主なスタッフにアメリカ人が一人もいなかったせいかアメリカンロックとも違う一風変わった作品となった。またThe Pretendersのクイッシー・ハインドのアドバイスにより、ボノが真面目に作詞に取り組むようになったのもこのアルバムからである。本作は後年のビッグバンドの一つの基準となり、またギターロックを復活させ、この後のグランジブームやボブ・ディラン、ニール・ヤング、エリック・クラプトンなどのロックレジェンドが復活する契機になった功績も見逃せない。

曲がたくさん出来たので二枚組でリリースしようという話もあったらしいが、エッジの反対によりその話は流れた。驚異的なセールスを上げて伝説を作るためには賢明な判断だったといえよう。

ジャケット

デザインはスティーブ・アルビニ。写真撮影はアントン・コービン。

アルバムが完成した段階ではまだタイトルが決まっておらず、 The Desert SongsとかThe Two Americasとかいうタイトルが候補に挙がっており、「砂漠と文明が出会う場所」というジャケットのコンセプトが練られ、アメリカの砂漠でジャケット用の写真を撮影することになった。ちなみにU2のアルバムのジャケットにアイルランド以外の場所がロケ地に選ばれるのはこれが初めてである。

ということでバンドのメンバーはアルビニとコービンと一緒にアメリカ撮影旅行を敢行。その時、一行は砂漠に生えるユッカの樹(The Joshua Tree)を見つけ、これをジャケットに使い、アルバムのタイトルにもすることにした。

コービンはその木の写真をそのままジャケットに使うつもりだったが、アルビニがそれに反対して、メンバーの写真を使うことを主張。またメンバーを写真の左に寄せたのはジョン・フォードやセルジオ・レオーネの映画を意識してとのことである。

収録曲

1. Where the Streets Have No Name

・発売日:1987年8月31日
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:ダニエル・ラノワ ブライアン・イーノ
・チャート:IRE1位、UK4位、US13位
・収録曲:
Where the Streets Have No Name
Race Against Time
Silver and Gold
Sweetest Thing

U2の特別な曲。イントロのエッジのキラキラギターは”U2ぽい”という一ジャンルを生んだ。各種ランキングで一位に挙がることは少ないが、U2のライブはいかにしてこの曲まで持っていくかが肝となっていると言っても過言ではない。E&I北米ツアーの集客が壊滅的だったのもこの曲をセトリから外したことが一因と思われる。

The Joshua Treeのセッションが一時休止している際にエッジが一人で作った。エッジは「まさに書かれた曲ではなく、そこにあった曲だ」と自画自賛しているが、現在ではThe Whoの Pinball Wizardのパクリであることが判明している。

歌詞はライブエイドの後の1985年にボノがアリと一緒にエチオピアにボランティアに行った経験から。ボノは過酷な生存条件下のそこで「どこでもない場所、何者でもない自分」を強烈に感じてエア・インディアの吐き袋に歌詞を書きつけたのだという。またベルファストでは住んでいる場所でその人の階層・宗教がわかるという話を聞いたことにもインスピレーションを受けた。他人にカテゴライズされない”本当の自分”を希求する心情がこの歌詞の肝だろう。ただボノはこの歌詞を「単なるスケッチ」と評していつか完成させたいと述べている。この点イーノはそのほうがリスナーの想像力を搔き立てるからいいと考えているようだ。

完成までにかなりてまどい、The Joshua Treeのレコーディングの40%はこの曲に費やされ、うんざりしたイーノがこの曲をすべて消去しようとしたというエピソードがある。ちなみにそれを止めたのが後にR.E.M.のプロデュースで名をはせるパット・マッカーシーである。結局、スティーブ・リリーホワイトが助っ人としてやってきて最終ミックスを施して仕上げた。

監督・メイアート・エイヴィス ロケ地:ロサンゼルス

ロサンゼルスの居酒屋の屋根の上で撮影した。映画「レット・イット・ビー」のThe Beatlesのライブを意識しているのは想像に難くない。また彼らの背後にあるのは後にボノ原案・ヴィム・ヴェンダース監督で映画化された「ミリオンダラー・ホテル」の看板である。

2. I Still Haven't Found What I'm Looking For

・発売日:1987年8月31日
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:ダニエル・ラノワ ブライアン・イーノ
・チャート:IRE1位、UK4位、US13位
・収録曲:

1. I Still Haven't Found What I'm Looking For
2. Spanish Eyes
3. Deep in the Heart

With or Without Youに引き続きU2チャートで1位に輝いた曲。

ジャムセッション中に出来たThe Weather GirlsとかUnder the Weatherと呼ばれていたデモが元。現在はDesert of Our LoveというタイトルでThe Joshua Treeのデラックスエディションに収録されている。このデモ自体は退屈な代物だったのだが、ラリーのドラムがユニークだったのでそこから曲を発展させて肉付けしていった。

またこの頃、ゴスペル好きのイーノの影響を受けてボノとエッジはThe Swan Silvertones、The Staple Singers、ブラインド・ウィリー・ジョンソン、The Mighty Clouds、the Reverend Clevelandなどのゴスペルミュージックを聴いていたのだが、この曲のセッション中、ボノがクラシックソウル風のボーカルを乗せたところ新たな可能性が感じられたので、ダニエル・ラノワがこの曲をU2のゴスペルソングだと思って歌うようにボノを促し、曲の方向性が決まっていった。

I Still Haven't Found What I'm Looking Forというタイトルはボブ・ディランのIdiot Windという曲の”You'll find out when you reach the top you're on the bottom”というフレーズにインスパイアされてエッジが考え出したものである。

ラノワのお気に入りで、U2のライブに登場してこの曲を演奏したことがある。

Rattle and HumにはNew Voices Of Freedom と共演したヴァージョンが収録されている。

監督:バリー・デヴリン ロケ地:ラスベガス

当時治安の悪いイメージのあったラスベガスのイメージ向上に一役買ったと言われている。

3. With or Without You

・発売日:1987年3月16日
・レーベル:アイランド
・プロデューサー:ダニエル・ラノワ ブライアン・イーノ
・チャート:IRE1位、UK4位、US1位
・収録曲:
1. With or Without You
2. Luminous Times (Hold On To Love)
3. Walk To The Water

U2のシングルとして初めてUSチャートで1位に輝いた曲。UKよりもUSでのチャートアクションがよかった曲もこれが初めて。またU2初のシングルCDである。

1985年後半ラリーの自宅にメンバーが全員集合してThe Unforgettable Fireツアー中に作った素材を膨らませたデモが元になっており、The Joshua Tree収録曲の中でもっとも古い曲の一つ。この段階では単調な同じコードの繰り返しで使いものにならなかったのだが、The Joshua Treeのレコーディングに入ってからもなかなか突破口が開けず、皆が放棄したところで、ボノとギャヴィン・フライデーが拾い上げ、手を加え続けた。そしてエッジの元に映画Captiveのサントラで共演したマイケル・ブルックからヴァイオリンのように果てしなく音が伸びるインフィニット・ギターが届いて事態は急展開。ようやく曲が完成した。

ライチャス・ブラザーズやスコット・ウォーカーのアルバムClimate of Hunterにインスパイアされ作られた曲といわれている。また音の広がりがデヴィッド・ボウイのHeroesに似ているとも指摘されている。両方ともイーノが関わっている。

歌詞はボノが1986年にコート・ダジュールを訪れた時に書いたもので、その意味については諸説あった。しかし、本人は「U2 By U2」において、ロックスターの生活と普通の家庭生活の板挟みになって悩んでいた、当時の心境を綴ったとのこと。この際、ボノの念頭にあった典型的なロックスターの生活とは、The Poguesのヴォーカル・シェイン・マガウアンだった。だが、歌詞を書きながらボノはこの2つの生活の間の緊張を生きることこそが、アーチスト的な人生だと悟ったという。

ちなみにポール・マクギネスはこの曲を「おかしな音が鳴っている曲」と考え、シングルカットに反対したのだが、ギャヴィンが「絶対No.1ヒットになるから」と説き伏せ、アルバムからの先行シングルとなった。果たしてギャビンの予想は当たり、後でポールは平謝りに謝ったということである。

With or Without YouはU2の代表曲となるともにロックのスタンダード・ナンバーとなり、The Mission UKのButterfly on a Wheel、イギー・ポップのBeside You、CHAGE and ASKAの「この愛のために」、リンキン・パークのShadow of the Day、アリシア・キーズのNo Oneなど亜流ともいえる曲を沢山生んだ。

監督:マット・マハーアン、メイアート・エイヴィス ロケ地:ブレイ(アイルランド)

監督はマリリン・マンソンの撮影やMuseのアートワークも手掛けるマット・マハーアン。が、映像が暗すぎるということで、メイアート・エイヴィスがマハーアンの映像を作り直したのが見慣れた正規版。

Youtubeにないのでこちらからどうぞ↓
https://www.u2.com/media/player/236/191

ちなみにPVに登場するダンサーは後にエッジの二番目の妻となるモーリー・スタインバーグ。この時二人の間に面識はなかった。

4. Bullet the Blue Sky

The Joshua Treeのレコーディングに入る前にSTSスタジオでポール・バレットとエッジが作った曲。エッジがThe Fallの曲を聴きながらギターのリフを編みだそうとしていたところ、最終的にこの曲のコーラスになるパートが出来上がった。その後、ラリーとアダムも加わってジャムをしながら曲を弄っていたのだが、アダムのベースのキーがずれていたことからエッジが癇癪を起して打ち切ってしまった。が、後でデモを聴き返してみると、これがなかなか素晴らしく、エッジ曰く”ヘビーファンク”な曲に仕上がっていた。それでもしばらくこのデモは放置されていて、希望の戦略ツアーの後にレコーディングを再開した後、イーノに再発見され、Melbeachと呼ばれるエッジの自宅で完成させられた。

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