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この記事は私がまとめました

鉄道ジャーナリスト加藤好啓です、本日も戦後の国鉄に関するお話です。

blackcat_katさん

戦前は非合法であった労働運動は、民主化という旗印の下、合法化されました。

昭和20年12月には労働組合法(昭和24年6月施行)が公布され、(実際には昭和20年に制定された労働組合法を全部改正すると言う手続きを経て公布施行されました。)
 そこで、雨後のたけのこのように組合は結成、発展していきました、当初はGHQも民主化のためということで、日本共産党(以下「日共」と略す)の活動についても静観を決め込んでいきます。
 さて、ここで国鉄(当時は運輸省鉄道総局)の動きを見てみましょう。
 運輸当局は、戦争中に結成された国鉄奉公会が解散した後、鉄道委員会の組織化を開始しました、これはいわば御用組合のようなもので、労働基本権も保障されないもので、結局昭和20年12月には国鉄内部からの批判も強く、消えていきました。
 しかし、水面下では戦前からの日共の流れを汲むグループが国鉄従業員組合準備会を結成し組合結成を呼びかけました。これが後に国労と呼ばれる組合に発展していきます。
 この動きは、水面下、各現業機関(機関区・電車区等)の単位で結集が進み、やがて鉄道管理局単位で統合組織が出来上がるに連れて組合の全国組織化の機運も高まっていきました。
詳細は、下記の記事を参照してみてください。

アメリカが驚いたこと・・・。それでも、汽車は動いていると言う事実

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 1敗戦後の国鉄輸送と経営・財政 
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についてお話をさせていただこうと思います。
戦時中と呼ばれた時期、国鉄の輸送はその大半を軍事輸送に追われることとなり、収益の殆どは戦費に消えたと言われています。
また、当時に会計は鉄道会計では減価償却という概念がなかったため、内部留保が全くない状態で国鉄は置かれることとなりました。

> 敗戦により、国鉄の輸送は戦時輸送=貨物輸送優先から民需輸送へ転換した。輸送負担は、荒廃した輸送施設のため著しく過重であった。国鉄は一般旅客輸送のほか、復員者や引揚者、疎開復帰者の輸送、それにGHQ=アメリカ占領軍のための輸送が緊急必要条件になった。

今でもそうですが、大量に物資を運べるのは鉄道であり、アメリカ軍も重点的に国有鉄道の施設や機関車を破壊して行ったのでした。
そんな中、一番アメリカ軍が驚いたことの一つにそれでも鉄道は機能していたという事実でした。

多くの回想などに、玉音放送が放送されている時にも鉄道は時間通り運転されており、その人達は玉音放送を聞かなかったのであろうか?といった回想記があるように。
国鉄は、被害甚大であったとはいえ、列車は走っていたという事実にアメリカが一番驚いたそうです。

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