1. まとめトップ

差別と村八分が殺人へ発展..奈良県月ヶ瀬村女子中学生殺人事件

1997年5月に奈良県添上郡月ヶ瀬村で発生した殺人事件。加害者の丘崎誠人は、日頃から村人より差別と村八分を受けていた男だった。

更新日: 2019年07月12日

7 お気に入り 147389 view
お気に入り追加

●事件の全貌

5月、丘崎は、何となくウキウキした気持ちで車を運転していたところ、ふと見るとB地区に帰る途中の女子生徒が歩いていた。

B地区まではまだ距離がある、坂もある、あの子を家まで送っていってやろう、ふとそんな親切心、好意が自然と生じてきた。

気楽な思いで「乗って行くか」と声をかけた。しかし被害者は被告人をチラッと見ただけで、呼びかけを全く無視し、返事もしなかった。

・今まで受けきた恨みが一気に爆発

「顔見知りの私が親切に声を掛けているのですから、せめて、お爺さんが迎えに来ますから結構ですとか、家が直ぐそこですので結構です等と断ってくれれば、私としては腹が立つことは無かった」

「このようにして自分を無視したAさんとB地区全体の人間に対する憎しみが一緒になり、頭の中がパニック状態になった。」

「そんな腹立たしい気持ちで車を走らせている時、完全に切れてしまい、許さん、車を当てて連れ去ってやろう、最低でも身動きできないようにしてやろう」

「B村の者が一人居なくなれば、村の全員が心配して、恨みが晴らせる絶好の機会や、今がええチャンスやと考えた。」

・女子生徒を殺害

丘崎は女子生徒の背後から時速30キロのスピードで近づき、そのまま車を衝突させ、倒れた少女を抱き起こし後部座席に移した。

2時間後、伊賀上野郊外の山中で、手元に転がっていた人頭大の石を数回、少女の頭部に投げつけて絶命させた。死因は左頭蓋底骨折による脳挫傷であった。

犯行後は車を修理・売却するなど隠蔽工作を行ったり、村民1000人を動員した捜索にも何食わぬ顔で参加した。

●無期懲役判決

2000年6月、大阪高裁は一審判決を破棄。無期懲役が確定した。

・月命日に自殺

その後、丘崎は、服役中の2001年9月4日に収監先の大分刑務所にて自殺。

自分のランニングシャツを独居房の窓枠にかけて首をつっているのを巡回中の刑務官が発見した。

病院に運ばれたが、意識不明の状態が続き八日未明に死亡が確認された。遺書はなかった。  刑務官の巡回は十五分に一回で、当時は就寝前の自由時間だった。

自殺を図った4日は、かれが殺害した少女の月命日だった。

山口の事件、なんがドックヴィルを思いだす。あと、昔にあった月ヶ瀬村の事件。結末ふくめ悲しい事件

1 2