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片腕のバイオリニスト・伊藤真波さんが奏でる『夢を叶えた音色』

元パラリンピック日本代表にして片腕のバイオリン奏者・伊藤真波(いとう まなみ、旧姓:野村真波)さんの奏でた優しい音色がネットで話題に。これまでのエピソードや演奏する姿に胸がいっぱいになります。

更新日: 2018年09月16日

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この記事は私がまとめました

バイオリンに水泳、看護師そして母…伊藤さんの努力とそれを支えた人たちの話です。

nyokikeさん

▼バイオリン奏者・伊藤真波さんの奏でる音色が心に沁みる…

@_hmz96_ 縦の糸と横の糸でステキな音色を織りなしてますね。泣けました。

@_hmz96_ @transhumanistjp テクノロジーも凄いですが 彼女の努力! 素晴らしいですね

@_hmz96_ @transhumanistjp 大変驚いて、喜んでます! 右腕の妙技・ボウイングの伝達・が、ここまで叶う所まで来てるって、本当・すごいです。

@_hmz96_ @transhumanistjp 弾き手と作り手どちらも素晴らしい!! 夢を奏でるっていいですね

▼隻腕のバイオリニスト・伊藤真波さんは20歳のときに事故で右腕を失った

日本で初めての義手の看護婦。静岡で看護学生として夢に向かっていた20歳のとき、好きで乗っていた中型バイクで交通事故。

「今、考えると、障害者になることに対して偏見があったと思う。腕を切ったら温泉に行けない、可愛い服も着られない、今までみたいな生活はできない、看護師には絶対になれないと、20歳の私は勝手に決めつけていたんです」。

「『無理に看護師にもならなくてもいいし、お嫁にもいかなくてもいい、一生面倒見る」と言われ家族の思いを知り、言うこと聞かなきゃだめだなと、先生に自分から『腕を切ってください』と言いました」

その後、「看護師になるための義手」を作りに、単身、静岡から神戸の病院へ。前例がないと、どの病院でも断られたが、兵庫県立総合リハビリテーションセンターの先生のおかげで、看護師として必要な動作ができる『看護師専用の義手』を一緒に作っていくことができた。

・逆境に立ち向かう勇気をくれた様々な出来事

リハビリの最中、車椅子バスケットの選手が転んでも起き上がって前に進むという姿を見て、「私もそういう風になりたい!このままではいけない」と前を向いた。そんなときに出会った水泳。

水泳は小さい時に嫌でも逃げなかった習い事。嫌なことやうまくいかずに泣くことはこれからもいっぱいあるからと向き合った。それまではストールや上着が手放せなかったが、それを外して水着を着て泳ごうと決め、外出用の義手を作ってもらった。

先生から「この手(義手)を見て不快に思う患者さんの気持ちを考えたことがありますか?」「一人の看護師になった時、忙しい医療の現場で『私には何もできない』と諦めるより、今諦めたほうがいいのでは」など言われたが、それでも諦めずに頑張った。そのかいもあり国家試験に合格。就職活動は恩返しの意味も込めて神戸で行った。

先生からは「あなたは普通ではない。断られて当然。何社も受けなさい」と言われたが、受けた病院全てから合格を頂けた。学校の先生や両親、祖父母もすごく喜んでくれた。

そして、神戸で片腕の看護師生活がスタート。「注射させてもらっていいですか?」「点滴代えさせてもらっていいですか?」と一人一人の患者さんにお願いしたが、誰一人断られることはなかった。それどころか「失敗してもいいから、思う存分やれ」と腕を差し出す人もいて、神戸の方の優しさを感じた。

22歳の春、北京パラリンピックに出場し、100メートル平泳ぎで見事4位に入賞。
4年後のロンドンでも8位に入賞。
「支えてくれた人たちに恩返ししたい一心だった」と当時を振り返ります。

・支えてくれた母のためにバイオリンを再開

また、どんな時もそばで支えてくれた母を喜ばせたいという思いで、母の好きなバイオリンを再開。
特注の義手を付けて練習を重ね、地域のイベントなどで披露するまでに。

『義手でバイオリンを奏でる伊藤真波さん①』 幼い頃から水泳やバイオリンが好きだった伊藤さん 20歳の時に交通事故に遭い右腕を切断 しかし伊藤さんは挫けず、夢だった看護師になるために復学 そして、水泳も再開 22歳で北京パラリンピックに出場 100メートル平泳ぎで見事4位に入賞 演奏曲は「糸」 pic.twitter.com/reJAZHYzaY

『義手でバイオリンを奏でる伊藤真波さん②』 「糸」のつづき 母親であり、看護師であり そしてパラリンピックのアスリート 諦めずに挑み続けるその姿勢 そして素敵な笑顔 心が強く美しい人の奏でる音色は つややかで美しい 感激致しました 元動画:facebook.com/TrulyMind/vide… pic.twitter.com/vuVGycIwbi

「無理に決まっていると諦めず、前向きに生きることで必ず道は開ける」と確信し、夢を実現してきた伊藤さんは昨年6月まで看護師として神戸市内の病院で働き、伊丹に住む裕希さん(30歳)と出会い結婚。
今年4月に長女の未海さんを出産しました。

・講演ではこれまでの想いや義手についても語っているそうです

3本の義手を聴衆に示し、1本目の形だけの動かない義手が外の世界に出る勇気をくれたと話したほか、看護師の仕事をする時の義手は「細かな仕事ができる。針も落とさない。看護師用の義手は世界に例がなく、試行錯誤の上に作られたもの」などと紹介した。また、3本目の義手を使いバイオリンで中島みゆきの『糸』を演奏した。

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