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【完全版】男性から女性に!性転換の歴史

世界中の性転換の歴史を徹底的に解剖していきます!

更新日: 2018年09月19日

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この記事は私がまとめました

66年 スポルス・サビナ、ローマ帝国の皇妃に。

ローマ帝国・ユリウス朝第五代皇帝ネロの第四皇妃にスポルス・サビナがなります。彼は、解放奴隷であり、ネロが誤って殺してしまった最愛の第二皇妃ポッパエア・サビナ(30-65)に似ていたので、性転換手術を行い妃に迎えたのでした。

218年-222年 ローマ帝国第23代皇帝 ヘリオガバルス

ローマ帝国・セウェルス朝の復権を名目として、わずか14歳で皇帝に即位した美少年ヘリオガバルス。ローマの歴代暴君達の悪行すらも生温く感じるほどの、ローマ帝国史上最悪の皇帝として記憶されている一方で、トランスセクシャルの元祖ともいえます。

1728年-1810年 マリー・アントワネットに寵愛された女装スパイ

シュヴァリエ・デオンは、生涯の前半を男性として過ごし、後半を女性として生きたフランスのスパイ。1755年、ルイ15世の私設スパイ機関『スクレ・ドゥ・ロワ』に加わりました、マリー・アントワネットからも寵愛され、ファッション大臣のローズ・ベルタンに、女性の衣装一式をデザインさせたりもしました。

1910年 異性装=トランスヴェスタイト

ハリー・ベンジャミン(1885-1986)は、1907年にマグヌス・ヒルシュフェルト博士(1868-1935)に初めて会いました。ベンジャミンは性転換についてのリサーチをしており、この二人が、やがてこの分野のパイオニアになったのです。そして、1910年マグヌスは〝トランスヴェスタイト〟という造語を作りました。

1923年 トランスセクシャルという言葉の誕生

マグヌス・ヒルシュフェルト博士は、トランスヴェスタイトとはまた違った、「出生時の外性器(身体)の性別とは反対の性同一性を持つ現象」をトランスセクシャルと命名しました。

1931年 ナチス・ドイツの迫害と共に消されたトランスジェンダー

世界で初めて、完全な性転換手術を受けた人間の名をドーラ・リヒター(1881-)と言います。1922年にドイツにて、去勢手術を受け、女性ホルモンの投与を受けます。そして、1931年に性転換手術を受けるも、その後の経過は、ナチス・ドイツの台頭により、カルテが焼却され、本人の行方と共に知れず。

1931年 リリー・エルベ

オランダ人の画家リリー・エルベ(1882-1931)は、1930年に5回にわたる性転換手術(卵巣移植手術を含む)を行い、結果的に失敗して死亡しました。

1941年 プレマリンの誕生

卵胞ホルモン「エストロゲン」を身体に補充するエストロゲン製剤・プレマリンが1941年からカナダで使用されることになる(翌年、アメリカでも)。日本での使用は1964年から可能になりました。

1941年 ドラァグ・クイーンの誕生

この年、初めてドラァグ・クイーンという言葉が現れました。もっとも1870年より演劇界やゲイ・コミュニティの間では隠語としてドラァグという言葉は使われていました。そして、1941年に、ドラァグ・クイーンという言葉が初めて公式に使われたのです。その意味は、「ドレスアップした女性」という意味です。

1951年 世界初の性転換手術に成功した人

イギリス空軍中尉でありスピットファイアーの戦闘機乗りだったロバータ・カウエル(コーウェル)(1918-2011、英国貴族の生まれ、1941年に結婚していたが、戦時中捕虜になる)は、1951年に、〝整形外科の父〟サー・ハロルド・ギリーズ医師と米国外科医のラルフ・ミラード医師の執刀で造膣手術を行い、英国で初めて性転換をした人になりました。

1951年 日本人初の性転換手術

2018年現在において確認できる、日本での最初の性転換者は、1951年、永井明子(1924~?)です。

1952年 クリスティーン・ジョーゲンセン

恐らく1950年代において世界で最も有名な性転換者は、クリスティーン・ジョーゲンセン(1926-1989でしょう。彼女こそ、性転換手術をした初めてのアメリカ人です。1952年にデンマークのコペンハーゲンにおいて性転換を果たします。そして、12月1日、ニューヨーク・デイリー・ニュースのヘッドラインにて〝元GIがブロンド美女になる!〟のニュースにより一大センセーションを巻き起こします。

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