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日本国有鉄道史 輸送力増強と国鉄 第3話 貨物輸送の改善

今回は、国鉄貨物輸送の改善というテーマで書かせていただいた、blogの解説になります。道路事情も改善してくると、貨物輸送にも陰りが見えるようになり、戦前の宅扱便が急行便として復活することになり、小型物品安堵に輸送二重トウされました。

更新日: 2018年09月29日

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この記事は私がまとめました

鉄道ジャーナリスト加藤好啓です、国有鉄道史として随時解説を加えながらアップさせていただいております。ご覧いただけ幸いです。

blackcat_katさん

戦前の宅扱い便が戦後は、急行便で復活

昭和25年からは、貨物輸送についてもサービス改善が図られ、小口貨物輸送専用のワキ列車が、汐留~梅田間および吹田~門司間に設定され、汐留~門司間で65時間から43時間に大幅に改善されました。
  改善の動機はドッジ・ラインによる縮小経済で貨物輸送が減少したことと、トラック輸送や船舶輸送の復旧が進みサービス改善に迫られたことも原因としてありました。
その後、朝鮮特需で需要は伸びたが、ピークを過ぎると貨車の遊休が目立つようになったので国鉄では、サービスアップと貨車の有効活用を図るために、昭和27年9月から小口貨物の速達輸送を図るべく。

100年の国鉄車両から引用
昭和12年から製造された、ワムフ1

100年の国鉄車両から引用
昭和5年から製造された、ワキ1

特別小口扱便用の専用貨車として鉄道省が製造した、25 t積み二軸ボギー式有蓋貨車である。太平洋戦争前の1930年(昭和5年)から1940年(昭和15年)にかけて290両が新製され、戦後の1960年(昭和35年)から1962年(昭和37年)にかけて余剰となり老朽化したレキ1形冷蔵車からの改造名義で100両が増備された。日本の国有鉄道で初めて新製された「ワキ」である。

「急行小口扱」を新設、貨車にも「急行便」の文字が書かれた専用貨車が使われました。これは、後にコンテナ輸送が本格化するまでは、花形列車として活躍することとなります。
この一環輸送は翌28年には更に拡充され、自動車を活用して都市の小口扱い貨物の特定駅への集約や地方における自動車代行などが実施され、東京都内や名古屋地区、仙石線、八戸線などでは国鉄自動車局が貨車代行輸送を行ったという実績があります。

100年の国鉄車両から引用
戦後製造された、ワムフ100

100年の国鉄車両から引用
戦後製造された、ワキ1000

本形式は、急行小口貨物列車で使用するため、戦前製のワキ1形を改良したボギー有蓋車である。

車体はワキ1形に準じ、停車中に短時間で荷役できるように側扉は片側2箇所とし、荷扱い主が車内で仕分け作業を行うため、採光用の側窓や電灯装置、貫通扉が設けられている。

台車はコストダウンのため、板バネ式ベッテンドルフ台車のTR41Bを使用している。最高速度は当初、ワキ1形と同じく85km/hで運用される予定となっていたが、走行試験の結果、最高速度は75km/hに制限された。

戦後製造されたワキ1000は、戦前のワキ1と同じく85km/h 走行を目指しましたが、台車に問題があり、75km/hに押さえられていました。

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