1. まとめトップ

日本国有鉄道史 輸送力増強と国鉄 第4話 湘南電車に見られる、電車の活躍

今回から、80系電車誕生の頃のお話を、国鉄の部内誌に資料なども参考にアップさせていただきます。

更新日: 2018年10月01日

1 お気に入り 146 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

鉄道ジャーナリスト加藤好啓です、今回は昭和25年に誕生した80系湘南電車のお話を中心にさせていただこうと思います。

blackcat_katさん

湘南電車誕生

昭和25年3月、東京~沼津間に80形電車による運転が始まりました。これまでは電車といえば近距離での輸送が常識を覆すものでした。 現在も使われている、オレンジと緑の塗り分けは、茶色若しくは黒しか見たことが無かった人々には驚きの目を持って迎えられました。最も当初は赤味の強いオレンジ色であったため後に修正したと言われています。
また、湘南地方の蜜柑の色を表現したと言うのは、後からつけた理由であり、本来はとにかく明るい色を・・・と言う理由から選ばれたそうです。

湘南色の始まりは、かつて東海道本線を走っていた80系まで遡る[12]。同系列は1950年に当初からオレンジ色と緑色の塗り分けで運行開始されたが、それ以前の国鉄旅客車両の塗装が一般に客車も電車も「ぶどう色」と称される焦げ茶色1色のみで精彩に乏しかった中、同系列の派手な塗装は世論をわかせた[1]。湘南色とその塗り分けパターンは、グレート・ノーザン鉄道の車両写真を見た島秀雄の意見がきっかけとなり、宣伝として目立つ色であり、また遠方からも識別容易であることからオレンジ色が、それに調和する汚れの目立たない色として濃緑色が選ばれた

しかし明るい色についての経験なく小さい色見本で決定された当初の色はむしろ柿色に近く、サビ止め塗料かとの批判まであり、みかん色に変更された

当初から230両を一気に製造する予定でしたが、・・・

この電車、当初の計画では15両編成+荷物車の最高16両編成が東京~沼津間を60分間隔、小田原までは30分間隔(ラッシュ時は15分間隔)で運転すると言う方向で進められこれに伴う車両の発注も計画されたそうですが、折からのドッジ旋風(ドッジ・ラインの縮小経済をこのように呼んだ。)により、発注数は縮小されました。
 結局発注数は、73両と大幅に縮小されましたが、その後の高速電車の礎を築くこととなりました。

当初は10両+5両の附属編成を計画していました

湘南電車は、当初は3枚窓の平凡なスタイルでした。
現在、初期車は京都の鉄道博物館に保存されています。

一世を風靡した湘南形電車

この電車の登場は、戦後のすさんだ風潮の中で未来への期待を持たせるものとして役立ちました。
  特に、昭和26年の増備車から採用された流線型2枚窓は、中央部をくの字型にさせた構造で、先頭車の通称金太郎塗りとあいまって、一世を風靡したものです。
その後このスタイルは、多くの私鉄にも影響を与え、各社で非貫通、2枚窓の湘南形の亜流とも言うべき車両が全国で誕生した他同時期に誕生した気動車にも影響を与えました。

私鉄にも影響を与えた、2枚窓デザイン

併せてこちらもご覧くださいませ

1