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日本国有鉄道史 復旧から発展 第2話 輸送力増強と頓挫

国鉄では、昭和30年代が最も輝いていた黄金時代と言われており、昭和30年度の輸送量は戦前昭和11年と比較してみると、旅客で3.74倍、貨物はトン数で1.65倍へと著しい増加を示していました。

更新日: 2018年10月09日

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この記事は私がまとめました

鉄道ジャーナリスト加藤好啓です、今回も復旧から発展と言うことで、昭和30年代のお話を中心にさせていただこうと思います。サンロクトウの改正前のお話になります。

blackcat_katさん

増え続ける鉄道輸送

国鉄では、昭和30年代が最も輝いていた黄金時代と言われており、昭和30年度の輸送量は戦前昭和11年と比較してみると、旅客で3.74倍、貨物はトン数で1.65倍へと著しい増加を示していたが、戦時中に酷使した設備の復興は、戦後のハイパーインフレで、収入から経費を賄うことは難しく、かつ、その後の朝鮮戦争後の物価及び賃金上昇はそれに追い討ちをかけることとなりました。

施設の不備が原因の桜木町事故

更に、追い討ちをかけるように桜木町事故などの大事故で、世論は国鉄の老朽施設や改善不十分な車両などに対して厳しい目を向けるようになりましたた。このため国鉄としても抜本的に改善を図るため第1次5ヶ年計画を策定し、運輸省に提出しました。

桜木町事故(さくらぎちょうじこ)は、1951年(昭和26年)4月24日13時45分頃、神奈川県横浜市の日本国有鉄道(国鉄)東海道本線支線(現在は根岸線の一部、京浜東北線)桜木町駅
構内で発生した列車火災事故である。乗客はドアが開かなかったため脱出できず、多くの死傷者を出した。犯罪的所業によるものではないが、桜木町事件と呼ばれることもある。この事故後、自動扉つきの客車内には乗降扉非常圧搾空気開放弁(非常ドアコック)の設置と表示が義務化され、緊急時にドアを乗客が手動で開けられるよう法令が改正された。

事故概要

京浜東北線桜木町駅構内の上り線で碍子交換工事を行っていた電気工事作業員が誤ってスパナを落とし、上り線の架線が固定されず垂れ下がってしまっていた。作業員は上り線のみ列車を進入させないよう手配を行ったが、下り線は通常通り運行できるとした。結果、京浜東北線の赤羽発桜木町行き下り第1271B電車(63系5両編成、所定ダイヤより9分遅れ)が下り線からポイントを渡って上り線に進入、垂れ下がっていた上り線の架線に先頭車のパンタグラフが絡まった。運転士は急いでパンタグラフを下ろそうとしたが、先頭車のパンタグラフは破損して車体と接触した状態になり、そこに電流の短絡が発生。激しい火花とともに可燃性の塗料に着火し、車両は木製の屋根から炎上を始めた。結果、先頭車のモハ63756が全焼、2両目のサハ78144が半焼して焼死者106人・重軽傷者92人を出す大惨事となった。

事故車両の窓は中段を固定した3段構造で開口部の高さは29cmしかなく、ここからの脱出は非常に困難だった。短絡が起きていたため自動扉は作動せず、乗務員や駅員すらも非常用ドアコックの位置を知らなかったため扉を外部から手動で開けることもできなかった。運転士が車端貫通路から乗客を救出しようとしたが、当時の車両の貫通路は車両同士の乗客の貫通を目的としたものではなかったため内開きの開き戸で、しかも外側から施錠されていた。辛うじて2両目の貫通路だけは開けられたものの1両目は脱出しようとする乗客の圧力で開かなかったとされる。

「第1次5ヶ年計画」の策定

昭和31年8月政府が策定した経済自立5ヶ年計画に呼応して作成されたもので「第1次5ヶ年計画と呼ばれました。同計画は昭和32年度を初年度として
1. 老朽施設・車両を更新して資産の健全化を図り、輸送の安全を確保する。
2. 現在の輸送の行き詰まりの打開と無理な輸送の緩和を図り増大する輸送需要に応じるよう輸送力を強化する。
3. サービス改善と経費節減のため、輸送方式、動力、設備近代化の推進
を重点事項として、総投資額は当初5,020億円とされたが、好況化でさらなる輸送力のさらなる増強が期待されたことから昭和32年には約6,000億円に増強されました。
しかし、この計画も、独立採算制の建前から、資金を自前で調達しなくてはならず、3年後には資金不足に陥り再検討を余儀なくされることとなり、進捗率は50%に留まりました。

新たな、第2次5か年計画を策定

また、内容的には老朽施設の更新に追われたので新たな設備投資は大幅に遅延、北陸本線を筆頭に増大する荷物を捌ききれず、滞貨の山となっていき、貨車不足は深刻な問題となっていきました。
  この第1次5ヶ年計画は概ね老朽化施設の更改が終わったことから、推進率68%の低率ではありましたが、昭和35年度を持って打ち切られ、新たに第2次5ヶ年計画を策定することとなりました。

サンロクトウの改正は、第1次5か年計画の成果

昭和36年に実施された全国白紙ダイヤ改正は、第1次5か年計画の成果として計画されたもので、す。増発された列車キロはヨンサントウ改正を上回っていたと言います。
特急「つばめ・はと」が電車化され、クロ151と呼ばれる展望車に代わる豪華車両が登場したのもこの改正からでした。

クロ151を先頭にする特急つばめ

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