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日本国有鉄道史 組織改変論議と国鉄 組織改変論議と国鉄 第2話 臨時公共企業体合理化審議会の発足

昭和29年には、早くも国鉄のあり方を問うため、「臨時公共企業体合理化審議会」を発足させました。この審議会の目的は、「公共的かつ能率的経営を確保するため、なお改善を加える必要があると認められる、これに対する改革要綱を示されたい」として諮問されました。

更新日: 2018年10月29日

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鉄道ジャーナリスト加藤好啓です、今回は、昭和29年に国鉄のあり方を検討するたに設置された、臨時公共企業体合理化審議会の話を取り上げます。結果的には、経営形態の変更検討は時期尚早として、見送られるのですが、公共投資などに関して、国鉄が仮に国営に戻っていたらまた違った流れになっていたかもしれません。

blackcat_katさん

公社の経営形態を検討するための、臨時公共企業体合理化審議会発足

公共企業体発足から5年後の昭和29年、政府は「臨時公共企業体合理化審議会」を発足させました。
 「公共企業体は、公企業の合理化と民主化のための新しい企業形態であるが、その公共的かつ能率的経営を確保するため、なお改善を加える必要があると認められる、これに対する改革要綱を示されたい」と諮問しました。
 これは、占領に伴いスタートした公共企業体を、日本人の目で見直そうということが目的でした。(この内容等につきましては、改めて別の機会にbloigで書かせていただきます。)

公共企業体ではなく、国営に戻したかったのではと思われる答申

この答申は、昭和29年11月に行われ、「本来の企業性を十二分に発揮するため、また同時に公益事業の本質も顧みて、改善すべきものは改善した上公共企業体としての形態を存続すること」に決定しました。
 具体的には、合理化をすすめなさい、経営委員会がもっとしっかりしなさい、政府が資金の手当てをしてあげなさい。ということで、どちらかといえば、国営に戻すべきか公共企業体のままが良いのかということがおもな争点となっていました。
 この時点では、民営化ということは全く考えられなかったというか、むしろ国営に戻したいというのが本音ではなかったのかと思います。
その背景には、GHQ=アメリカに押し付けられたものと言う思想があったのではないかと思います。

既に、問題として顕在化していた、ローカル線問題

しかし、戦後の国鉄は、GHQ(実際にはCTS)による占領軍の軍事輸送を行いながら、戦時中の酷使による老朽施設の更改を強いられていた他、日々増大する輸送量に対しての改善は限られた予算の中で行っていまたわけであり、改善計画が充分に行かなかったわけですから、きちんと政府で対応することも可能ではなかったかと思いますが、逆にこういった問題も大きくクローズアップされていたかもしれません。それは、不採算路線の敷設についてでした。
 鉄道路線は、明治時代の法律(鉄道敷設法に基づき敷設が行なわれることとされており、日本国が独立を取り誰もいませんでした。
  そんななか、政府は「臨時公共企業体合理化審議会」の答申を受けて昭和30年、運輸大臣(現在の国土交通省)の諮問機関として、『日本国有鉄道経営調査会』を設け、経営形態と財政再建について改めて諮問したのです。
  委員としては、阪急グループ総帥 小林一三氏や同じく東急グループ総帥 五島慶太氏の名前も上がっており、小林氏は「民営なら開発事業が出来るし、資金調達も自由に行え、創意と責任を持って積極的な経営が出来る。」と発言、五島氏も「国鉄を北海道・東京・東海道・北陸・大阪・四国・九州の7経営体に分割し、独立採算制を採用、その上に監督権管理機関を置いて経営すべきだ」との今のJRに通じるような案を今から50年以上前に提言していました。
  昭和31年2月、調査会は、経営形態について答申を行いましたが、その内容としては、国鉄は引続き公共企業体で行くとのことでした。
そこには、公社として発足したばかりであり、その評価は未知数であることが決め手となりました。
さらに、国鉄の名称を「日本国有鉄道」→「日本国有鉄道公社」とすべき案も出されたそうです。

日本国有鉄道経営調査会に対して、国鉄の経営についての諮問を行い、翌31年1月に答申を得た。
答申は、国鉄の経営形態について、意志決定機関と執行機関を一本化した理事会の設置と監査機関として監査委員会の設置等を提言するとともに、20年代において赤字を続けた国鉄財政を立て直すために経営の合理化・工事経費の必要規模等に触れ、老朽施設の更新、輸送力の強化、動力の近代化を行うための必要工事経費を750億円程度(これ以上の国鉄のサービス改善、輸送力増強を国民が希望し、政府も適当と認めた場合は850億円)とすることが適当である等の提言を行った。

昭和20年から、国鉄は赤字決算を続けており、その上で老朽資産の取替も進んでいないとして、政府に対して750億円程度の予算を確保すべしとなっていますが、政府が支援した記述はなく、国鉄は総額5,986億円の投資規模をもつ第一次5か年計画を31年8月に策定しスタートさせています。

日本国有鉄道経営調査会は、一番問題にしていたのは、賃金決定権や予算、運賃改定などが政府に握られており、ローカル線建設なども、国鉄自らが決定するわけではないなど、殆ど自主性を持ち得ない経営形態となっており、その辺が、上記の、「意志決定機関と執行機関を一本化した理事会の設置」という言葉に繋がったと思われます。
また、この答申では、北海道・東京・東海道・北陸・大阪・四国・九州の7経営体に分割し、独立採算制を採用と言った答申も行われており、実際、国鉄の分割民営化に関しては、参考にされたとされているほか、国鉄でも、総支配人制度を一歩進めた、支社制度が導入されました。
支社制度は、本社の権限を大幅に支社に下ろすもので、支社独自の施策なども行われました。

加藤好啓追記

併せてご覧ください。

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