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「阿部一族」あらすじ解説【森鴎外】

関東人が西日本のカツ丼を食べて、「甘すぎる、味がない」と怒っていたのを見たことがあります。西日本出身の私には、東京のうどんは悪趣味墨汁スープです。同じ日本人なのに、わかりあえません。

更新日: 2018年10月19日

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「阿部一族」は森鴎外の小説。1913年(大正2年)発表です。乃木大将の殉死に触発されていくつか書いた武士もののひとつです

あらすじ

1961年、熊本の細川藩の藩主、細川忠利が死んだ。
殉死を許されたものは切腹した。

阿部弥一右衛門(1100石取り、子供を合わせればさらに増えるので、家中でもかなり上のランク)は許しがなかったので切腹しなかったが、周りの「あの人は殉死すべきなのではないか」という声に耐え切れずに、勝手に切腹する。

幸い藩からはお咎め無し、普通の殉死とほぼ同様の扱いを受ける。

しかし微妙にランク下の扱いだった。

跡取りの阿部権兵衛はそれを不満に思って、忠利葬儀の際に、髻(もとどり=髪を束ねた部分)を切って出家表明してしまう。

それが新藩主の逆鱗に触れる。「あてつけか!」

結局権兵衛は武士としてはあるまじき縛り首に処せられる。

これはもう細川家で生きてゆくことができないと思った阿部一族は、屋敷に立て籠もる。

細川家臣は武装して屋敷を取り囲んで攻撃、一族を絶滅させる(終)

殉死をしないと馬鹿にされる、許されずに殉死をすれば(軽いものですが)罰される、もういったいどうすりゃいいんだという話です。

全体としては戦闘シーンあるわりにはあっさりとした話です。軽く読んだだけでは、なにが良いのか悪いのか判然としません

西日本

夏目漱石は江戸生まれ、大きな名主の家系、つまり庄屋さんですね。侍ではないが、脇差はさして良い身分。

先祖は三河武士で、三方ヶ原で武田信玄にさんざんに敗れたときに、徳川家康の身代わりになって討死しています。

だから明治政府が気に食わない。明治という時代が我慢できない。それで小説書くのですが、その作品は関東風の濃い、明快な味付けがされています。構図も明快な浮世絵のような作品を書きます。

(この絵は安藤広重です)
絵で言えば構図、小説で言えば構成で勝負します

森鴎外は島根県出身、代々藩医の家系ですので、漱石以上に封建時代の色が濃いです。

本職も軍医ですから、医者ではありますが、並みの侍より無骨な人柄です。

しかし西日本生まれですから、手書きの日本画のような曖昧模糊とした作品、輪郭も定かでなく、背景は全部省略されています。

(この絵は京都出身の画家、竹内栖鳳です)
省略を多用し、受け手に想像してもらう路線です

隠された主張

つまり森鴎外の作品は、
1、侍だから特有のゴツさがある。庄屋さんの漱石にくらべて外面は威張った感じがある
2、しかし西日本だから中身は薄味、主張があるにしても明快な構図で主張するのではなく、そこはかとなく匂わせる書き方です。

「阿部一族」も主張がありますが、明快ではないので、類推を働かせなくてはいけません。
詳しく読み解いてみましょう。

構成

全体は三部形式です。
A:細川家の状況
B:阿部一族の悲劇
C:その後

Aで細川家を殉死熱が支配した状況を描きます。
Bでその殉死熱に巻き込まれて進退窮まる阿部一族を
Cで事件のその後を描きます。

AとBはゆるやかに、そこはかとなく対になっています。あんまり構築的ではありません。示唆的というか、暗示的に書かれています。

殉死圧力

1で忠利の可愛がっていた鷹二羽が、井戸に飛び込んで死にます。皆「殉死だ」と言います。

鷹二羽がつがいかどうか知りませんが、一緒に生活していたはずで、家族です。つまりこの話は、阿部一族の滅亡を暗示しています。

5でも犬飼が愛犬といっしょに殉死します。愛犬は短刀で刺し殺されます。無理心中とも言えます。

阿部一族の家族も大人は自害しますが、幼児は刺し殺されます。こちらも阿部一族の運命を暗示します。

3鳥獣の死に挟まれた格好の長十郎(駄洒落なのかどうかは不明)の自害ですが、殿を愛して殉死したい、というのと、世間が殉死を望ましいと思っているから殉死したい、というのがないまぜになっています。これも阿部弥一右衛門の心情をそのまま表現しています。

しかし、長十郎は殉死の許可を得て安らかに切腹できましたが、阿部は許可をもらえなかった。だから悲劇になります

天地自然

その長十郎の切腹直前の描写が、この作品でももっとも有名な箇所になります

「母は母の部屋に、よめはよめの部屋に、弟は弟の部屋に、じっと物を思っている。

主人は居間で鼾をかいて寝ている。

あけ放ってある居間の窓には、下に風鈴をつけたつりしのぶが吊ってある。

その風鈴が折り折り思い出したようにかすかに鳴る。
その下には丈の高い石の頂きを掘りくぼめた手水鉢がある。

その上に伏せてある捲物の柄杓に、やんま(とんぼ)が一ぴき止まって、羽を山形に垂れて動かずにいる。」

死の直前の、時間が止まったような光景です。殉死許可があるので精神安定しています。
この後長十郎は起こされ、寺に腹を切りに行きます。

許可をもらえなくて勝手に腹を切る阿部弥一右衛門の場合は、以下のような風景描写になります。

「障子はあけ放してあっても、蒸し暑くて風がない。そのくせ燭台の火はゆらめいている。

螢が一匹庭の木立ちを縫って通り過ぎた。」

蒸し暑い、風がない、でもろうそくの火は動く、全て阿部一族の心境です。
飛び立つ蛍は阿部弥一右衛門の魂です。

阿部一族滅亡の日の描写は、

「門の扉は鎖してある。

板塀の上に二三尺伸びている夾竹桃の木末には、蜘のいがかかっていて、それに夜露が真珠のように光っている。

燕が一羽どこからか飛んで来て、つと塀のうちに入った」

蜘蛛の糸は阿部一族の防御体制、夜露は一族の命、そして燕はこれから討ち入る細川家家臣たちですね。

よく読むと緻密に組み立てられています。しかしあくまで薄味、さりげない描写です。

表門と裏門

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