1. まとめトップ

日本国有鉄道史 ローカル線問題と国鉄 第2話 割増運賃制と国鉄運賃

国鉄は、昭和30年代に、新線に対して割増し運賃を設ける制度を導入しました。しかし、政府与党の反対で、廃止になってしまいます。日本国有鉄道新線建設補助特例措置法が制定されたことで、廃止となっているのですが。問題は山積みでした

更新日: 2018年11月17日

0 お気に入り 104 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

鉄道ジャーナリスト加藤好啓です、今回から、ローカル線問題と国鉄として書かせていただきます。古くて新しいローカル線問題ですが、鉄道だけ、地方だけの問題として考えると、その本質を見誤ることになると考えます。この機会に、ローカル線とは?考えてみてはいかがでしょうか。

blackcat_katさん

昭和30年代に導入された、割増し運賃

国鉄では、ローカル線の割増運賃を導入することを検討し、実施することとなりました。
昭和35年3月22日に開通した指宿枕崎線(山川~西頴娃間) には割増運賃として基本賃率の1.75倍を課した運賃となっていました。
 この方式は4線区に導入されましたが、翌年に新線建設補助特別措置法が成立するとこの制度は廃止されました。

割増し運賃は、全国一律運賃に反するとして、法令を制定

新線建設補助特別措置法に関しましては、下記に関連blogを、最下段に条文を載せましたので参照願います。
なお、割増運賃制度は、後年ローカル線問題が再燃する中で導入されますが、こういった事例がすでに、昭和35年頃にはあったことを理解しておいて頂きたいと思います。
なお、この制度を見ていると、国鉄としては独立採算制に則った方式で収支を相償うことを目指していたにもかかわらず、それを逆なでするような条文であったことは注目に値すると思います。

新線建設補助特別措置法の経緯は、下記国鉄があった時代blog版を参照していただければ幸いです。

日本国有鉄道新線建設補助特例措置法と言う法律ですが、かなり酷いもので、昭和36年から40年までの時限立法なのですが、建設費の補助ではなく建設に伴う利子相当分を補給するというものでした。
当然のことながら、建設は引き続き自前なんです。

そのうえ、法律では、営業開始後、利益が出たら利益が出た分だけ補助金を減らすという、国鉄には、相当不利な内容なんです。しかし、当時の国鉄は、国の経済発展を支えているという自負がありましたので、こうした条件を受け入れたのだと思います。

全文はこちらからご覧いただけます。

法律第百十七号(昭三六・六・七)

1 政府は、日本国有鉄道に対し、昭和三十六年度から昭和四十年度までにおいて、日本国有鉄道が昭和三十五年度以降当該年度の前年度までに鉄道敷設法(大正十一年法律第三十七号)別表に掲げる予定鉄道線路の建設に要した資金について、運輸省令で定めるところにより計算して得た当該年度の前年度分の利子の額に相当する額の範囲内において、予算で定めるところにより補助することができる。

2 前項の規定による補助(以下「新線建設補助」という。)に係る予定鉄道線路について、営業の開始後、運職省令で定めるところにより計算して得た利益を生じた場合は、その利益の額に相当する額を翌年度の新線建設補助に係る前項の利子の額から控除するものとする。

3 日本国有鉄道は、前項の場合において、その利益が当該線路につき最初に新線建設補助が行なわれた年度から起算して十五年度以内に生じたときは、その翌年度において、政府に対し、その利益の額の二分の一を下らない金額を、運輸省令で定めるところにより計算して得た当該線路に係る新線建設補助の額の合計額に相当すると認められる額に達するまで還付しなければならない。

4 運輸大臣は、前三項の運輸省令を定めようとするときは、大蔵大臣と協議するものとする。

   附 則

 この法律は、公布の日から施行する。

(大蔵・運輸・内閣総理大臣署名)

国鉄のローカル線問題は、実は昭和30年代からどのようにすべきかという問題が語られています。当時のローカル線敷設は、古く明治25年6月21日に制定された旧法に制定される鉄道敷設法更に、これを廃止して、改正された改正鉄道敷設法が、その根拠として、国鉄が解体される、昭和62年3月まで有効な法律でした。

加藤好啓追記

明治26年制定された、鉄道敷設法は、日本全国に鉄道を敷設することを目的に制定された法律で有り、必ずしも官営で建設することを目的としたものではなく、総武線や、常磐線等も日本鉄道が建設するなど、矛盾とは言わないまでも違和感がある物ではありました。

1