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生中継中に刺殺された!..豊田商事会長刺殺事件の全貌

1985年(昭和60年)6月18日に豊田商事会長永野一男が大阪府大阪市北区の自宅マンションで殺害された殺人事件。報道陣たちは永野の悲鳴や「助けてくれ」という言葉が聞こえてきても、「今、中で大変なことが起こっております」とレポーターは中継し、誰も中に入っていこうとしなかった。

更新日: 2018年11月05日

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firk12さん

●豊田商事会長刺殺事件

1985年(昭和60年)6月18日に豊田商事会長永野一男が大阪府大阪市北区の自宅マンションで殺害された殺人事件。

●豊田商事

本日17時台【GW特別企画】 先月放送した「#報道ランナー SP」 関西の歴史に残るニュースの当事者を追跡取材し、今だから分かる真相に迫りました。 その中から反響の大きかったVTRを放送。 2日目は1985年に起きた「豊田商事会長刺殺事件」元社員が歴史的詐欺グループの内幕をカメラの前で明かす‼️ pic.twitter.com/Bjgz22oDrz

豊田商事は、客は金の地金を購入する契約を結ぶが、現物は客に引き渡さずに会社が預かり「純金ファミリー契約証券」という証券を代金と引き替えに渡す詐欺を繰り返した。

高齢者を中心に全国で数万人が被害に遭い、被害総額は2000億円近くと見積もられ、2018年現在詐欺事件としては最大の被害額。

手口は先ず、無差別に電話セールスをして目星をつける。最初は「そんなもんいらんわ」と断っても、電話をかけている女性社員は電話を通じて、もうひと押しすれば何とかなるという一人住まいの老人なんかに目星をつけ、自宅に上がり込み長時間粘る強引な勧誘で同情を誘うあの手この手を使う。

後から証拠が残りにくい大きなビル、立派な事務所、豪華な調度品、きらびやかなパンフレットで信用させ、最初に根負けをさせて少しだけ買わせ、後で次々に買い増しさせてゆく、通帳や印鑑を全部預かってしまし、現金や貯金を根こそぎ巻き上げてしまう。

●殺害事件に発展

1985年(昭和60年)6月18日、会長の永野一男が「今日逮捕」との情報を聞きつけて、永野の自宅前にマスコミ取材班が大勢集まっていた。

・生中継された殺害現場

16時30分過ぎ、被害者の元上司に当たる自称右翼の男2人IとYが永野の部屋の前に姿を現した。

2人は張り込んでいたガードマンに「永野に会わせろ」と要求。

そして通路に面した、玄関横の窓のアルミサッシを蹴破り、窓ガラスを割って侵入した。

部屋の中では鞄から取り出していた銃剣を口に加えたパンチパーマ男が、「お前は死刑や」と永野の頭部を切りつけた。血まみれになって逃げる永野をベッドルームに追い詰め、刃渡り40cmの旧陸軍のごんぼう剣で胸や腹など13ヶ所をメッタ突きにした。

報道陣たちは永野の悲鳴や「助けてくれ」という言葉が聞こえてきても、「今、中で大変なことが起こっております」とレポーターは中継し、誰も中に入っていこうとしなかった。

@takoyakimantom1 @murrhauser 豊田商事の会長刺殺事件をどうしても思い出してしまう。あれもマスコミ陣が大勢詰めかける目の前で、記者達はこれから起こる惨劇を十分予測できたにも関わらず、悪人とはいえ人一人が殺されるのを黙って見ていた。警官が駆け付けたときに手柄顔でコイツが犯人ですなんて言ってて呆れるしかなかった。

・現行犯逮捕

部屋から出た犯人らは、「おい警察呼べはよ。俺が犯人や」と報道陣に語り、マンションから出たところで大阪府警察に現行犯逮捕された。

また、加害者2人は右翼であるためか、部屋から出てきた直後に皇居の方角に向かって座礼をしていた。

永野は病院へ搬送後死亡。所持金は700円あまり、会社の金庫にも現金970万円と純金700gしか残されていなかった。

・殺害動機

主犯格のIは、鉄工所を経営していた。就職口の少ない高齢者や身体障害者を積極的に雇用していたが、工場は負債を抱えて倒産していた。これは、計画倒産を目論んでいた下請け工場に義理で融資した金がコゲついたためとされる。

Iは一方で右翼思想を持ち、政治結社をの代表委員を名乗っていた。高齢者を食い物とする永野のような人間は到底許すことが出来なかった。自身の工場も下請けに騙され、倒産させてしまったことも一因となっていたのだろう。

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