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近くの神社は何神社?意外に知らない日本の神社数ランキング

日本の津々浦々にある神社だが、祭神によって名称が分かれ、その神社数には大きな差がある。八幡神を信仰する「八幡宮」は最も多く、以下「伊勢」「天神」「稲荷」「熊野」「諏訪」「祇園」「白山」「日吉」「山神」「春日」と続く。

更新日: 2018年11月17日

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aku1215さん

◆1位「八幡信仰」(宇佐神宮など)

八幡神に対する信仰。大分県宇佐市に鎮座する宇佐神宮(八幡宮)に起こり,日本で最も普及した神社信仰である。

現在の宇佐八幡は、祭神は八幡大神、すなわち応神天皇(誉田別尊)と比売の神(比売神)、神功皇后(大帯姫命)の三柱です。この八幡信仰の成立、発展には永い経過があり、非常に複雑な要素をはらんでいる。

源氏もまた八幡神を氏神として仰いだため、八幡信仰は全国に流布した。

◆2位「伊勢信仰」(伊勢神宮など)

伊勢神宮を中心とする信仰。伊勢神宮は元来〈国家至貴の神〉として皇室以外の奉幣を禁ずるなど,制度上重い地位にあったが,平安末期には王朝財政の衰えとともに支持が薄くなったため,神職団の一部はいわゆる御師として,全国的に信徒網を広げることに努めた。

祭神の天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、太陽を神格化した神であり、皇室の祖神(皇祖神)とされているため、農耕儀礼と密接に結びつき広く信仰を集めた。

徳川幕府による天下統一で世の中が落ち着くと、全国的に街道が整えられ、伊勢参宮はいよいよ盛んになった。時には、熱狂的に参宮が流行した年もあった。いわゆる「おかげ参り」で、宝永2年(1705)から享保、明和、文政とほぼ60年に一度起きている。

◆3位「天神信仰」(大宰府天満宮など)

平安時代の公卿・政治家・学者であった菅原道真の死後、その霊は天満天神として崇められて信仰が広まり、現在に至るまで全国で1万数千社の天満宮を中心に、「天神さま」として親しまれてきた。

菅原道真が亡くなったあと、京の都では次々に異変がおき、菅原道真の祟りと恐れられたといいます。平安時代当時は今以上に怨念や祟りが信じられていた時代で、清涼殿落雷の事件から、菅原道真の怨念が雷神と結び付けられ天神様としての信仰が全国にひろまることに。

北野天満宮と太宰府天満宮は必ず入っていながらも、3番目として防府天満宮や荏柄天神社を挙げる人たちもいる日本三天神。ちなみにその他にも、「大阪天満宮」や福島県の「小平潟天満宮」、茨城県の「大生郷天満宮」などを挙げる人たちもいるのだとか。

◆4位「稲荷信仰」(伏見稲荷大社など)

京都市伏見にある稲荷神社の主神ウカノミタマガミを中心とする信仰。イナリは稲生の意で,すべての食物と桑葉を司る神である。

地方では,田の神として勧請され,近世以降,一家の繁栄を祈って,家業の守り神として町内や邸内に祀ることが流行した 。

「稲荷大神様」のお使い(眷族)はきつねとされています。但し野山に居る狐ではなく、眷属様も大神様同様に我々の目には見えません。

◆5位「熊野信仰」(熊野本宮大社など)

熊野三山(本宮・新宮・那智)を中心にした信仰。古く三熊野(みくまの)と呼ばれ霊山視されていた。

自然崇拝の神道はやがて修験者によって伝来した仏教と結ばれ、神仏習合という独自の熊野権現信仰が生まれる。神は普段は目に見えない存在だが、仏の姿となって現れ衆生を救うという信仰で、権現[ごんげん]とはその仮の姿で現れることをいう。

熊野信仰が盛んになるのは平安時代中期からだが、信仰の熱狂ぶりを象徴しているのが朝廷人の数限りない「熊野御幸[ごこう]」だ。信仰は武士や大衆にも浸透し、巡礼をはじめる。そうして人びとは、全国津々浦々から熊野をめざした。

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