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神奈川県第4都市である藤沢市から街の「へそ」が消えている!?

神奈川県では3つの政令指定都市に次ぎ4番目の人口を誇る藤沢市。人口増加率は全国有数規模で、2012年には長年4番手の座を死守していた横須賀市を抜き現在の地位に踊り出た。ことし人口は43万人を突破し、2030年には44万人到達の予測がある。だが中心街は意外にもパッとしない。街から「へそ」が消えている

更新日: 2018年11月11日

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藤沢市の抱える「へそ」喪失問題について

gudachanさん

平成のわずか30年間で驚異的な人口成長を遂げている藤沢市

1990年代には30万都市だった藤沢市。しかし現在では40万都市に急成長。一貫して子育て世代の転入が多く、若い人口に恵まれている

藤沢市の人口は1990年時点では約35万人に過ぎませんでしたが、2016年12月1日現在で約42.7万人まで増加。

市の人口が43万人を突破したと発表した。今後も人口増は続き、2030年には44万4千人に達する見込み。

だがその割には中心市街地・藤沢駅はあまりパッとしない

藤沢駅舎は1970~1980年に建てられた昭和のもの。駅周辺では平成以降西武百貨店閉店を皮切りにファッションビルの丸井、東急ハンズなどの主要な小売店の閉店ラッシュが起きていて、生き残った昭和時代の古い雑居ビルや店舗などが目立つ

駅前に多くの百貨店などの大型店が出店したこともあって、駅周辺は湘南地域でも有数の繁華街に成長した。しかし、1990年代後半よりこれら大型店の撤退が相次ぎ、やや空洞化も見られている。

一方、北のターミナルとして一気に存在感が増したのが「湘南台」

湘南台は、もともとは小田急線の各駅停車駅にすぎなかったが、平成以降に各鉄道の乗り入れが実現。駅再開発もあり、ファミリー層の住まうニュータウンとしてだけではなく学生街としても栄えるようになった

小田急江ノ島線、相鉄いずみ野線、横浜市営地下鉄ブルーラインともに、線内で最も新しい駅である。最初に開業したのは小田急電鉄で、1966年(昭和41年)11月7日に開業したが、当時は駅周辺は閑散としていて、長らく各駅停車のみの停車であった。その後、駅周辺の開発に伴い利用客も増加していった。1999年3月に相鉄いずみ野線、同年8月に横浜市営地下鉄1号線が当駅に乗り入れ、乗換駅になったこともあり、小田急江ノ島線は2000年には急行、2002年には湘南急行(現・快速急行)の停車駅となった。2009年時点では、藤沢市内の駅としては藤沢駅に次いで2番目に利用者数が多い。

さらに湘南版武蔵小杉になりつつあるのが「辻堂」

JR東海道線において藤沢市内のもう1つの駅が辻堂駅。快速列車も通過するひなびた街だったが、大規模工場の撤退後、駅直結型大型モールがオープン。企業が集まるビル群が形成され、総合病院なども移転するなど、街の中心機能が揃うようになっている

長年駅前に関東特殊製鋼の本社工場があったが、2002年に撤退。現在は跡地を中心として湘南C-Xとして再開発が進行中である。

そして藤沢駅と辻堂駅の間の線路沿いにもモール群が存在

その藤沢駅と辻堂駅のちょうど中間点にあたる線路沿い北側にあるのが湘南モールフィルと、隣接(地上および連絡通路で直結)するMrMax。藤沢駅前の大型店や辻堂駅のモールが市外や湘南外をふくめた広域から集客しているのに対し、いずれも近隣住民に特化しているのが特徴だ

湘南モールフィル(しょうなんモールフィル)は、神奈川県藤沢市辻堂新町四丁目にある大型ショッピングセンター。湘南地域最大級のショッピングセンターである。
2003年(平成15年)3月20日に日本電池藤沢工場跡地にオープンし、敷地内に工場に関するモニュメントが残る。
広域からの集客ではなく、近隣の顧客を対象とする生活圏対応型のショッピングセンターで、地元住民の来客頻度が高まるように食品スーパーを核店舗の一つとして導入したほか、カジュアル衣料や生活雑貨関連のテナントが中心の店舗構成となっている。

藤沢駅と辻堂駅の中間点に位置し、北側には、2006年6月1日にオープンしたMrMax湘南藤沢ショッピングセンターが隣接している。

しかしながら歴史をさかのぼれば本来の中心地は「藤沢本町」周辺だ

江戸時代の旧東海道宿場町である藤沢。現代では小田急線で藤沢駅の次駅の各駅停車の停まる小さな藤沢本町駅だが、本町と名乗るだけに本来はここが宿場町があった場所だ藤沢駅周辺の方が開業当初は何もない辺鄙な場所だった。つまり時代によって街の中心地は変わるということだ

浮世絵に描かれたり、弥次喜多道中などの物語でもおなじみの東海道を代表する宿場町、藤沢。実は、藤沢本町周辺こそがその藤沢宿だったのをご存じですか。当時の名所はもちろん、宿場町の名残が今も残っているとか。

藤沢駅が藤沢宿の南側に離れて設置されたのに対し、当駅は藤沢宿の西端、旧東海道(現在の県道43号)のすぐ北側に設置されている。

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