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人生の後悔が胸に突き刺さる…『#ペンチメント』がTwitterで話題

ペンチメントとは「後悔」の意。誰の人生にも、あの時こうすればよかった…があるはず。Twitterに寄せられたみんなの行き場のない後悔──『ペンチメント』が、深く胸に突き刺さります。

更新日: 2018年11月25日

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たくさんの後悔があるから、もっと良くしようと修正ができるのかも。人生は長い。そして人生は誰かに受け継がれていく。

「ペンチメント」とは

オランダの画家レンブラント(1606年7月15日 - 1669年10月4日)の作品『フローラ』。

レンブラントは「ペンチメント」の多い画家として知られています。

ペンチメント=後悔の意。派生し、画家が書き損じた作品の上から別の作品を描くことをいう。

イタリア語の後悔 pentirsiの意から転訛した用語。

高校時代の同級生から突然届いた招待状によって、その同級生のホームパーティーに招待された二人の中年男。たどりついた大豪邸で行われるパーティーに集まる人たちは……。人生の選択と分岐、その結果としての運命。中年期の孤独と尊大さを、繊細な機微で描く「フレンチ・イグジット」
現代人の孤独を透明感溢れる世界観で描き出した、日常のすぐ横にある、ちょっと不思議な世界の物語。

(作品紹介より)

「ペンチメント」は、もともと「後悔」という意味で、つまり、一つの絵を描いてしまって、それじゃあダメだと後悔して、その上から新しい絵を描くのである。新しく描いた絵で、前の絵は隠れてしまうから、もう見えない。描いた本人以外には、下に別の絵が隠れているということはわからない。

Twitterに寄せられた #ペンチメント

私が中学3年の時に母が突然倒れて、それから意識が無いまま半年後に亡くなった。倒れる前日買い物に出掛け、イカの丸焼きを食べたいと言った母に、そんなのいつでも食べれるじゃんと言って食べさせなかったことを何年経っても後悔している。「いつでも」はこの世に存在しない。 #ペンチメント

その日は15歳になる1週間前だった。がんとは聞かされていたけどその瞬間まで治ることを疑わなかった。面会謝絶の札がこわくて病室前から逃げたこともあった。もう写真以外の顔もうまく思い出せない。数えたらあれから6000日以上たった。ママ、わたしもママになれるかもしれないよ。#ペンチメント

友達かもわからない知人がいた。語る程もない会話しかしてない知人。しかし、気付けば卒業して、進路も違っていた。彼はいつも自分の先を歩いているように見えた。そのうちいつか同窓会の時でも話がしたかった。彼の話を聞いてみたかった。そのうちはもう来ない事を今になって後悔する。 #ペンチメント

両親の結婚記念日の直前に留学の為飛び立った。両親にバラの花束を送っておいた。父が珍しく喜び記念日に花瓶を母と買いに行ったそうだ。健康そのものな父が突然心筋梗塞で倒れ亡くなったと聞かされたのはその3日後言葉もわからない異国。葬儀にもまにあわなかった。昨年父の歳を超えた #ペンチメント

10年前の夏、夏休みで浮かれカラオケで散々騒ぎ倒した夜、父が珍しく「ちょっと話しようや」と話しかけてきたけど、「疲れてる」とそのまま寝てしまった 翌日、父の会社から電話 「社長が亡くなってます。」 なぜ話ししなかったんだろう 何を話したかったんだろう 今も後悔でしかない #ペンチメント

高校生の頃父が会社の慰安旅行から帰ってきてすぐ「胃が痛い」と言って自分の車で病院へ行った。一日検査入院した翌日急死。私が最後に父にかけた言葉は病院へ行く前に父の顔も見ず気のない「行ってらっしゃい」だった。 後悔しかない。 #ペンチメント

新卒で入った会社しんどくて入って3カ月で辞めたいと思った。6時間かけて唐突に家に帰った夏。私が帰ってきたと聞いて、じいちゃんは私が好きな鰻を焼いて食べさせてくれた。私は辞めずに頑張れた。秋、じいちゃんは亡くなった。人の死は初めてだった。もっとありがとうを伝えたかった。#ペンチメント

28歳で大切な人が事故で亡くなった。24歳の時、30歳になってお互い貰い手がなかったら結婚しようって約束した。亡くなる1ヶ月前、彼からの連絡「家族から結婚しろって言われる。お前なんてどうだ?って」恥ずかしくて「冗談でしょ〜」って返した。嬉しいって素直に言えば良かった。 #ペンチメント

小学校の頃難聴の男の子がいた。言葉の音がこもっていて独特な話し方で、からかわれたりしてた。授業参観の時、音読の時間があった。その子は一生懸命読んでたのにみんなクスクス笑ってて、後ろでお母さんが泣いてた。笑うのやめようよって言えばよかったって何十年も思い続けてる。 #ペンチメント

高校の頃は世間が狭く、 価値観も定まらず、未熟に振り回された。大好きなあの子と付き合えたことで彼女の所有権を得たものだと思い込んでいた。大切にするという名目を掲げ、行動を制限し、一方的に安心を求めた。あれからもうすぐ10年、君は今何しているだろうか。僕は変われたのか。 #ペンチメント

瓜二つの弟は何でもオレの真似ばかりしていた。オレが通ってた床屋に行って、名前も言わずに「お兄ちゃんと同じ髪型にしてください(^-^)」ってお願いしたらしい。 恥ずかしくて仕方なかったけど、好かれてたんだなって思えるようになった。武、お兄ちゃんの娘が武と同い年になったぞ。 #ペンチメント

#ペンチメント 不慮の事故で先輩が亡くなる前の日、稽古場に忘れ物を取りに来た先輩と久しぶり会った。嬉しかったのに、また会えるからとお疲れ様でしたといつも通り見送りました。もっと話をすればよかった・・・扉を出ていく時のいつもの笑顔が今でも忘れられません。

小学生の頃、友達の家で遊んでいて「父の日は何かする?」と、うっかり聞いてしまった。言ってしまった瞬間にその子の父親は少し前に亡くなった事を思い出した。でもその子は「私はお父さんいないから何もしなくていいんだーいいでしょー」と笑った。今でも思い出して胸が痛くなる。 #ペンチメント

いつ容態が急変するかわからないと言われてた父。見舞いに行ったら元気だった。「寿司を取ろう!」って言われた。「もうご飯食べたよ!」って断った。まだ次がある位に思ってた‥あの時「うん!取ろう!」って言ってあげれば良かった‥‥#ペンチメント

中学3年生のとき、母がくも膜下出血で倒れた。反抗期まっさかりで母に反抗ばかりしていたが、母の脳に障害が残り、私のことを忘れてしまうくらいならたくさん話しておけばよかったと思う。#ペンチメント

祖母が認知症になってから母は私と祖母を遠ざけた。「あんな姿娘の私はともかくあんたには見せたくない 。良いお祖母ちゃんだった、という思い出が最後であってほしい」母の気持ちもわかるから、とその通りにしてきたが、本当は私に向き合う勇気がなかっただけなんだ。 #ペンチメント

祖母は末っ子で、ものすごく可愛がられて育った。 年老いて子ども還りした祖母を休みの日にお買い物や、温泉に連れて行っていた。 ある日祖母に「何か欲しいものない?」って聞いたら「もうなんにも要らない」って可愛い笑顔で言って、ほどなくして亡くなった。 もっと喜ばせたかったな #ペンチメント

もっと抱き締めてやればよかった。 私を求めて付いてくるあの笑顔をもっと見つめておけばよかった。 一日でも多く、ちゃんと帰ってあげるべきだった。 #ペンチメント

悔いが残らないように、生きられたらいいね

このハッシュタグを追う人へ。どうか、後悔はしないで生きてください。「いつか」、はいつかのままだったりします。愛する人がいるのなら、愛を伝えることをためらわないで、ケチらないで。色々な死生感の人がいるとおもいますが今回の人生は一度だけ。思っていたより短かったりします。 #ペンチメント pic.twitter.com/F4gsKyJXa0

このハッシュタグを訪れる人々は 皆、自分を責めたりしているけど でも、生きていくってそういうことなんだよな 後悔や自責の念にかられ苦しみ それでもまた 生きていく #ペンチメント

皆さんの #ペンチメント 拝見していて思うのは、わたしも亡き父に「会いたい」てゆーのと、もっとたくさん「大好き」って言うのと、ちゃんと「ギュッとする」ってこと。なんで、最期の時、もっとたくさん触れなかったんだろうって今でも思う。今なら、もっとたくさん、ちゃんと、大好きって言えるのに

子供と手を繋ぎながら歩くとき、 その弱々しさが愛らしい。 でもこれを、 僕の父も感じてたんだろうと、 亡き父を想う。 最期の時に父は手を求めた。 手を繋ぎ、大事な存在を もう一度感じたかったんだろう。 だから、僕も我が子と繋ぐ手を 毎回、大切にしたいと思う。 #ペンチメント

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