これにより、鉄道輸送も大幅に後退を余儀なくされ、好景気を元に組んでいた予算ベースで比較すると、旅客収入で10億円、貨物収入では30億円の不足、計40億円の収入不足が見込まれるうえ、利子支払いの増加(約14億円)や、物件費などの増加(120億円)に入り、国鉄としては、初年度から計画にかなり無理が生じる形となりました。

その後、昭和33(1958)年7月からは日本銀行の金利引き下げと国内消費の回復で岩戸景気と呼ばれる景気回復局面に入りました。
この時は、積極的に工場などが建設され、投資が投資を呼びと言われた時代でしたが、国鉄の場合は輸送量の増加以上に人件費の増加、更に支払利子の増加が大きな足かせになったと言われています。
当時は人件費だけで100億円毎年増加し、利子払も34億円の増加したという記録があり?。
人件費の増加はいびつな年齢構成にあることがこの頃から指摘されており、適切な人員配置などの合理化がなかなか進まなかったことも原因と言われています。
どうしても趣味誌ベースで考える部分だけでは見えてこない、問題がいくつか潜んでいるように思えてなりません。

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日本国有鉄道史 景気循環と国鉄 第1話 神武景気と鍋底不況と国鉄

国鉄における、第一次5か年計画についてまとめてみました。あまり資料が手元になくて、古い国鉄の部内誌などを参照しながら自分なりにまとめてみました。第一次5か年計画とはどんなものであったのか、今後更に自分なりに深掘りしていこうと考えております。

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