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Twitter発『そんな観点があったとは…』ってなる呟きが面白い

新年となり心機一転を図ろうとする気分の方も多いと思われますが、「そんな観点があったとは…」って感じさせる"既成概念や固定観念"を覆すヒントとなるようなツイートを紹介します。

更新日: 2019年01月01日

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この記事は私がまとめました

Twitterユーザーの皆さんが呟いた、「物事に対する観点」の意外性、独自性の高さによって、”モノの考え方”が変わるヒントになるようなツイートをまとめました。

justastarterさん

◆『昔の私をぶん殴ってやりたい』に関して

「昔の私をぶん殴ってやりたい」という言い回しを見るにつけ、「知らないおじさん・おばさんがいきなり殴りかかってきた」事件には未来の自分によるタイムスリップが含まれてるのではないか

@stdaux 日時:8月20日午後4時30分頃(申告日:8月21日) ◆場所:中京区菊屋町の路上 ◆概要:女子中学生がクラブ活動から帰宅途中、徒歩で近づいて来た女から 「全部自分に返ってくるんやで」 等と声を掛けられ、顔を1回平手打ちされた。

@stdaux おお…。腑に落ちた。 逆案件で「知らないおじさん、おばさんが『もういいんだよ。頑張ったね…がんばったね…!大丈夫だからね…』等と泣きながら抱きついてきた」は…。 「それをやったら不審者だ!」という事も判らないのが、未来の自分かもと思うと、絶望しつつ通報だ?!

◆『人類はここにいます』に関して

広大な宇宙に向けて「人類はここにいます」っていうメッセージ送るの、もしかして「小学生がインターネットに住所晒す」以上に迂闊な行為だったりしないのかな...

@OKAKI_exe メッセージの意味が分かる →文明や知能が同等以上 →友好的なやり取りができる →地球にやってくる →地球侵略

@OKAKI_exe その観点からコンタクトに難色を示す人もいます。物理学者のスティーヴン・ホーキングは。コロンブスがアメリカ大陸を発見した後にアメリカ先住民を征服した事を引き合いに、異なるレベルの文明の相互作用は悪い結果をもたらすという説を主張しています。

◆『人に迷惑をかけないように』に関して

『人に迷惑をかけないように』って教育して来た結果、迷惑をかけられる事が我慢ならない…という人を大量生産してしまってるよなぁ

@MinakoDB 日本に引きこもりが多発するのも、これが原因かな? だって、「人に迷惑をかけうる」のは、人と接するからで、全く「人に迷惑をかけない」ようにしようと思えば、人に接しないのが手っ取り早いわけで。

◆『始まりと終わり』に関して 【2選】

開始時間だけ教えダラダラやる会議より「◯時に終わります」も伝えると全員やる気を出して上手くまとまる。さっき後輩を注意しなきゃいけない案件があったので「7時開始で7時5分に終わるね」と伝えたら余計なこと言わず終われた。世の中大切なのは どう始めるかより いつどう終わるかだったりする。

日本人は遅刻はしないが終業時刻は守らない。企画を言い出した人は評価されるが完遂した人は目立たない。だから正しくは「始め良ければ終わりはどうでも良し」なのではないか。

◆『大切にすべき力』

距離をとったり離れたりするスキルって実はかなり重要なのだけど。。

苦手なものや自分を不安にさせるものから、距離をとったり離れたりするスキルって実はかなり重要なのだけど、なぜか無理に我慢させたり耐えることに慣れさせようとする風潮があるから、大人になってからも自ら不安や恐怖に飛び込んでいってしまうことになる。見えない聞こえないようにする力は大事。

@NyoVh7fiap やりたい事や得意分野を実行する中で、多少の我慢する事はあるものだけど、メインが苦手な事に自分から突進して我慢する必要は無いですね。 あえて自らを厳しい環境に…とか修業はやらないでもいい。

◆『SNS』に関連して 【3選】

彼氏が私のことをSNSに書かないと(あっ、私の存在を隠してフリーを装い近づいてくる女と絡んで私よりいい女がいたら私を切り捨てるつもりなのかな)と思うし友達が私と遊んだ日の写真載せないと(あっ、私なんかと遊んだら自分の価値が下がるから載せないんだな)と思うから私は早急にSNSを辞めるべき人種

@_____k_023 初めまして~後半同じすぎて泣きました。 本当に自分と遊んだ時のだけ載せられないとあ、全然楽しくなかったんだな。 って落ち込み誘うのも嫌になりますし次遊ぶ時楽しませないとという謎のプレッシャーで勝手に死んでます

多くの努力が可視化された時代になったんだなと実感する。。

SNSが普及したことで、多くの努力が可視化された時代になったんだなと実感する。何かに秀でるために、何をすればいいかが誰でもわかるようになった。秀でている人は「やった人」だし、秀でてない人は「やらなかった人」で、つまり何かを諦める理由に「自分には才能がないから」とは言えなくなった。

すごく残酷な時代だとはおもう。そのいっぽうで、ルールがハッキリしたことで救われた人もまた、たくさんいるだろうなともおもう。

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