1. まとめトップ

この記事は私がまとめました

tamakodayoさん

政府は、2017/12/8の閣議で、今上天皇の退位日を2019/4/30にすることを閣議決定しました。
翌5/1に皇太子殿下が新天皇に即位し、新元号が施行されます。

新元号については、4/1に閣議決定し、同日中に発表されます。

新元号はどうやって決めるの?

現在の元号の決め方は、1979年に成立した元号法(元号選定手続き)によって定められています。

それには「第1項:元号は、政令で定める。第2項:元号は、皇位の継承があった場合に限り改める(一世一元の制)」と書かれており、内閣総理大臣が数名の有識者に委任し、それぞれが2~5個の候補を提出し、内閣官房長官が提出されたものを検討、整理し、結果を内閣総理大臣に報告します。
このとき、いくつかのルールがあります。

●国民の理想としてふさわしいような意味を持つものであること
●漢字2字であること
●書きやすいこと、読みやすいこと →常用漢字
●これまでに元号またはおくり名として用いられたものでないこと(日本、中国、韓国に渡る。実は大正は、ベトナム莫朝の太宗莫登瀛が使用した元号であったが後で気づいた)
●俗用されているものでないこと(実は平成道の駅が、平成を用いていた)
●一文字15角より多い漢字を省く
●中国・日本文学の研究第一人者が中国の古典から選んだもの

漏洩した新元号

すでに決められていた3つの候補の1つが漏れていたという事件。

事態はすでに政府の知るところなり、漏洩した案はすでに却下する方針が決まっている。それで問題は解決したかのようだが、より深刻な問題が露呈することになった。それは漏洩した新元号案にある。「康元」であった。

既に後深草生天皇の時代に使われていた元号であること、そしてあえて「こうがん」と読ませることから、失笑を買って廃案になったとのこと。

炎上を活用するという話に麻生財務大臣もいいねとつぶやいたらしい。

光文事件

実は昭和を決める際も漏洩しています。正確には候補3つについて、1926/12/8時点で「昭和」を最終候補とし、「元化」「同和」を参考とする最終案で決定していたにも関わらず、選ばれるはずがなかった内閣案の一つである「光文」が選定作業中に漏れ、記者がろくに検証しないまま報道されたものです。

本来は絶対漏れない体制になっている

平成への改元時は、元号案を中国の古典や漢字の専門家に依頼し、最終的に3案まで絞り込み、それを昭和天皇が崩御された直後、日本新聞協会会長、NHK会長など8人のメンバーからなる『元号に関する懇談会(元号懇)』を経て、閣議で決定しております。

この『元号に関する懇談会』メンバーは、記者に捕まって新元号が外部に漏れてしまわないようにと、トイレに行くことも許されなかったそうです。

これにより、平成元号の発表についてはフライングして漏洩することなくスムーズに行われました。

新元号有力案

過去に何度も候補に挙がったものの、なかなか採用されないものに「嘉徳」があります。これは「徳川が喜ぶ」という意味になるので、選ばれずらかったものと思います。

●嘉徳(かとく) 40回
●寛案(かんあん) 33回
●建正(けんしょう) 26回
●大応(だいおう) 24回
●文承(ぶんしょう) 20回

『永安』
『文選卷十一魯靈光殿賦并序』の「永安寧以祉福、長与大漢而久存、実至尊之所御、保延寿而宜子孫」から。

『嘉徳』
『史記』の「長承聖治、群臣嘉徳」から。

Aが頭文字の元号は江戸時代の『安政』以来ない。平和が持続するように『安久(あんきゅう)』がいいのでは

元号は、3年・5年の課題に対応するのではなくて、30年・50年先を、あえて言えば21世紀を見通して、どういう時代の理想が考えられるかという中で選ばれていく。菅官房長官や関係者がいろんな人の知恵を借りて絞り込んでいかれつつある、というか、ひょっとしたらもう絞り込まれていると思いますけどね。それ以上のことは、もう私にはわかりません

未来が見えるインコに予想してもらった

亀和と書いて、きわだと。

所さんの予想は、「万記(ばんき)」。

2019/1/7 新説 所JAPANより。

8chで新元号予想。 磯田先生の新元号に使われるんではないかと思われる漢字に『安』と『地』の文字。 ないだろうけど『安地』になったら奇跡✨ pic.twitter.com/GBGTQdOcZK

勝手に新元号考えてみた 「安国」 「栄天」 「明泰」 「幸成」 「内陣」 正解は。。

2018/12/24に放送された『ワイドナショー』(フジテレビ系)では、ダウンタウン松本人志が「ぼくやっぱりベタに『志』って好きなので」と自身の名前の一文字を使った新元号を希望。

2017/6/30 『週刊ポスト』では、中国の唐の時代の法律を基に日本で編纂された書に出てくるめでたい言葉から取った「景星」などが予想されています。

また『めざましテレビ』(フジテレビ系)でも「幸せに成る」という意味の「幸成」などの街の声を紹介しています。

おもしろ元号

当時の元正天皇は霊亀3年(717年)に近江・美濃国に行幸。その途中、当耆郡多度山の美泉(現在の岐阜県養老町)を訪れた際、「手がスベスベになった」という。そこで帰京後、「霊亀」から「養老」に瑞祥の改元が実施されました。

「天平」の後、「天平感宝」〜「神護景雲」の間は4文字の元号が用いられました。これは聖武天皇の皇后の光明子が、690年に中国で武周朝を建てた則天武后にならったもの。天智天皇(中大兄皇子)の孫の光仁天皇が即位した際に「宝亀」に改元し、それ以後は2文字で定着しました。

明治改元にあたっては、(※中略)宮中賢所において、その選ばれた元号の候補の中から、明治天皇御自ら、くじを引いて、御選出されました。

1 2