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総理も激怒!『後ろから撃ちまくる男』石破茂

結局何がしたいのか?なぜ自民党に居座り続けるのか?党内でも嫌われている石破氏の「後ろから撃ちまくる」経歴です。

更新日: 2019年01月21日

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suwakanakoさん

●石破茂プロフィール

自由民主党所属の衆議院議員(11期)
防衛庁長官(第68代・第69代)、防衛大臣(第4代)、農林水産大臣(第49代)、自由民主党政務調査会長(第52代)、自由民主党幹事長(第46代)、内閣府特命担当大臣(国家戦略特別区域)、内閣府特命担当大臣(地方創生)、さわらび会会長、無派閥連絡会顧問、自民党たばこ議員連盟副会長などを歴任。

これまでの所属政党は(自由民主党(渡辺派)→)(改革の会→)(新生党→)(新進党→)(無所属→)自由民主党(渡辺派→額賀派→無派閥→石破派)

▼なんとあの田中角栄の最後の教え子

1981年、父・二朗が死去。父の死後、二朗の友人であった田中角栄から「おまえが(おやじの後に)出ろ」と薦められ、政界入りを志した。

●数々の裏切り行為…「後ろから撃つ男」の異名が広がったワケ

▼第一の裏切り・父の死後、 真っ先に葬儀に駆けつけてくれた田中角栄氏の派閥ではなく中曽根派からの立候補

1982年に成立した中曽根内閣を田中はコントロールしようとしており、手駒であった石破二朗の死去後の鳥取の地盤も田中の影響下にある人物に後継させたいと考えていた。
そこで、当時三井銀行員であった25歳の石破茂に目をつけ、銀行を辞めさせ、田中派の木曜クラブ事務局に囲い込んだ。

このとき、軍事オタクの石破茂は元軍人のタカ派である中曽根側につき、1984年9月の自民党総裁選を前に木曜クラブを退職している。
中曽根派について上手く立ち回った石破茂は、1986年の衆院選で初当選し、まずは農水族として地盤固めを行うことになる。

▼第二の裏切り・自民党が野党に転落したら離党

自民党が野党に転落すると、 立て直しに四苦八苦する森喜朗幹事長に 「私はね、政権与党にいたいんです。自民党の歴史的使命は終わった」 と捨て台詞をはき離党届。

石破氏は、自民党が下野するきっかけになった1993年6月の宮沢喜一内閣に対する内閣不信任案に賛成した。解散総選挙後に成立した細川護煕内閣が、同年11月に提出した小選挙区制の導入などを柱とした「政治改革4法案」にも賛成し、役職停止処分などを受けた。当時の自民党幹事長は森喜朗元首相。その後、自民党を離党し、小沢氏らの新進党の結成に参画

▼第三の裏切り・小沢一郎氏が打ち出した政策に反発しサヨナラ

小沢一郎を「真の改革者」と称賛して新進党結成に参加するも、小沢一郎が党首に選ばれると、自分の考える政党と違うと総選挙前に離党。

石破茂前政調会長は、新進党で小沢一郎元代表と行動を共にしていながら、新進党党首選挙で、羽田孜元首相に味方し、小沢一郎候補と敵対した。すると、小沢一郎元代表に電話しても出てもらえなくなったことを恨んでいるが、これは当たり前のことだろう。裏切り者と電話で何をしゃべろうというのか。そんな恨みごとを言うようでは、石破茂元政調会長は甘すぎる。敵は敵なのだ。これを恨んで、逆襲するというのは、あまりにも自己中心的すぎる。

▼第四の裏切り・自民党に復党するも…拾ってくれた恩は忘却の彼方

自民党に復党するも誰も相手にされず、伊吹文明が「石破君は仕事のできる人だから」と情けをかけて伊吹派に入れてあげるも、その後に入閣すると「閣僚が派閥に属するものはいかがなものか、派閥は旧態然としていると思いますよ」の捨て台詞で伊吹派を離脱。

▼第五の裏切り・反勢力が有利と見るや掌返しで麻生政権へ反旗

麻生政権の閣僚を務めていながら、支持率低迷で総選挙が近づくと総理官邸に乗り込み、「後任は麻生さんが指名すべきだと、私は思うわけです」と謎の論理を展開して麻生おろしに加担。

反麻生勢力は署名128人を上回る133人を集めたと発表。署名した人物には与謝野馨財務大臣や石破茂農林水産大臣といった衆議院解散の閣議決定に必要な国務大臣2人も含まれていた。

「石破外し」と「谷垣幹事長起用」を早くから進言していた麻生氏には、二〇〇九年七月、麻生内閣の農相でありながら「麻生おろし」に加担した石破氏への強い不信感があった。

▼第六の裏切り・政権奪還の選挙では惨敗

民主党からの政権奪還を目指した自民党総裁選で安倍晋三と総理を争い、敗れて幹事長に在任期間中、地方選挙で連戦連敗。

▼第七の裏切り・ダダをこねた末に…大失敗した地方創生

安保関連法担当大臣を任せたいと言われるも、面倒くさそうなので、屁理屈をこねて固辞。代わりに受けた地方創世担当で実績を残せないどころか既得権益に配慮して加計学園問題で地方見殺し

2014年9月3日の第2次安倍改造内閣発足に先立ち、安倍は石破に対し、新設する安全保障法制担当大臣への就任を打診していたが、石破は8月25日にラジオ番組に出演し、安保法制担当相への就任を辞退する意向を明言し、内閣改造後も引き続き幹事長職に留まりたい意向を表明した。

しかし、日刊スポーツによると、「幹事長が公の場で人事の希望を言うなど前代未聞」等、石破に対する批判が高まり、自民党参議院幹事長の脇雅史は「個人の見識があるのは当然だが、内閣、組織の意向に従うのが常識だ」と苦言を呈した。

地方から都市への人口流出が収束するものと楽観的に仮定している社人研推計でも、全自治体の半数近くが消滅可能性都市となってしまうわけでして、4兆円弱注ぎ込んだ地方創生によっても、地方消滅リスクの軽減どころかかえって加速してしまっていますので、控えめに言っても、地方創生は大失敗に終わったと評価できる

自ら政策を持ち合わせていないことをカミングアウトしたか、石破さんよ。 chunichi.co.jp/hokuriku/artic…

▼第八の裏切り・派閥政治は否定してたのでは?自らの派閥・水月会を結成。

無派閥の会を石破派に変えた自民・石破茂氏について、麻生財務大臣「派閥をやめようと言ったのは誰だったけなって。言うこととやってることが違う」

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