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日本国有鉄道史 新性能電車の幕開け 第1話

昭和30年代は、電車が大きく発展した年代でもありました。昭和27年頃から電車に導入が始まったカルダン駆動車は、私鉄から導入され始め、国鉄では昭和32年のモハ90【後の101系】誕生まで待たねばなりませんでした。

更新日: 2019年02月05日

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この記事は私がまとめました

鉄道ジャーナリスト加藤好啓です、今回から新性能電車の夜明けとして何回かに分けてアップさせていただきます。今では、VVVFなどが当たり前ですので、新性能電車という言葉自体がいささか古くさいのですが、50年以上前の記録としてご覧ください

blackcat_katさん

1)今までの常識を変えた湘南電車

本日から、新性能電車の幕開けとということで何回かに分けてお話をさせていただこうと思います。
しばしお付き合いくださいませ。

昭和25年に「運行を開始した湘南電車は、今までの電車の常識を覆すこととなりました。
それまで、電車は振動も多く長距離の移動には向かないのでせいぜい60km程度までの距離を走るものと思われていました。
 100km以上の距離を走る湘南電車は、電車の新しい可能性を示すものと言えました。
80系電車は性能的には吊りかけ駆動のため、分類上は旧型国電ですが、電車による可能性を広げたことは間違いありません。

戦後誕生した80形電車は、電車は振動が多くて、近距離の利用しか使えないとしていましたが。優れた乗り心地で、長距離電車の可能性を示してくれるものでした。

長所

上記の通り、モーターが輪軸に直接吊り掛けられている構造となっているため、振動が発生しても、モーターの駆動軸が輪軸を中心とする円上を移動するのみで、輪軸の歯車とモーターの歯車の距離が変化することがない。
構造が簡単である[2]。
製造コストが安い。
大型モーターにも対応しやすい。
最小限の構成であるため、スペースに制限のある狭軌鉄道でも使用しやすい。

短所

モーター重量の約半分が、台車の軸ばねを介さずに、アクスルメタルまたは転がり軸受を介して輪軸に直接かかるため、ばね下重量が重くなる[2]。これにより線路への衝撃が懸念されるが、影響は微小である。逆に線路からの台車・車体やモーター自体への衝撃が懸念される[2]。このため、高速運転にはデメリットがある[注釈 2]。乗客にとっては乗り心地も悪くなる[1]。
吊り掛け駆動用モーターは、衝撃に耐えるため、頑丈に作らざるを得ない。結果として重量や、ばね下重量も増加してますます衝撃が強まる。
モーター本体と輪軸の間の摺動部分や歯車などが、大トルクによる負荷や、大きな重量による衝撃のために消耗しやすく、又、ギアボックスを密閉できないため、メンテナンス上の配慮を要する[注釈 3]。メンテナンスサイクルもカルダン駆動方式に比して短い。ただしトータルランニングコストに関しては、軌間や軌道の状態によっては必ずしもカルダン方式が優位とはいえない場合もある。
モーター本体と輪軸の間の摺動部分のアクスルメタル磨耗により噛み合わせの精度が低下することから、歯車には遊びが大きく取られており、歯車の歯も強度維持のため大形のものを使用しなければならず、小歯車を小径にして減速比を大きくとることが難しく、モーターの高回転化は困難である[4]。このため低回転・大トルク型のモーターを用いることになり、モーター自体大きくなりやすい[注釈 4]。この機構は、機関車ではあまり問題にはならないが、騒音や振動が大きくなる。また、歯面同士の打音は大きくなりがちで、力行や電気制動といった負荷がかかる際には吊り掛け式特有の激しい騒音を発し、惰行時においても打音の発生がある。

2)新駆動方式による高性能電車の誕生

昭和27年には、新しい駆動方式、カルダン駆動が国鉄の電気式気動車キハ44000形でが初めて採用され、45kWモーターを駆動する方式が試験的に採用されたました。
 しかし、閑散線区に電気式は不利ということから、電気式気動車は、全車液体式に再改造されましたが、日本初であることには変わりありません。
翌昭和28年には、東武の5700系が直角カルダン駆動方式でデビュー、京阪1800系はWN駆動としてデビューするのですが、東武5700系が初期故障に巻き込まれていた中で、京阪は完成後直ちに営業運転に使われるなど安定した走りを見せました。
ということで、新性能電車(カルダン駆動)の最初の営業運転は京阪ということになりますが、この頃から私鉄では積極的に新性能電車(当時の表現を借りれば)を導入が検討されていきました。

総括制御するための気動車として戦後再び電気式気動車が投入されることになりました。
そこで誕生するのが、キハ44000でした。

電気式気動車 キハ44000とは

DMH17エンジンで発電機を回して、100KWの発電機を回し、45kwのモーター2個を駆動するもので、昭和27年8月に、2両編成各2の4両が製造(日車及び汽車が製造)され木更津機関支区(当時の名称)に配置され。房総線で活躍したと記録が残っています。
特徴は、当時流行していた、湘南スタイルで側面は3ドア車となっていましたが、試作車2両は側面が湘南電車同様の一枚窓であったのに対し、先頭車は心持ちボディを延長したため、間延びした感じを与えました。
その後改良形は、正面マスクが80系に近いものとなりスッキリとしています。

電車では、東武の5700系と京阪1800系が最初のカルダン駆動車となった

東武5700系電車(とうぶ5700けいでんしゃ)は、かつて東武鉄道に在籍していた車両。特急用として製造され、後に急行・快速向けとなったが、廃車となるまで40年の長期にわたって優等列車に使用され続けた。

京阪1800系電車(けいはんで1800けいでんしゃ)は、京阪電気鉄道に在籍した電車である。2代目京阪特急専用車として登場し、後に一般車(通勤用)に格下げされた。

日本で初めてカルダン駆動方式を実用化し、またテレビカーとしても話題になった車両である。

かさ歯車やハイポイドギヤもしくはウォームギア単独あるいははすば歯車との組み合わせにより、駆動軸がレール方向に平行となるように主電動機を台車に装架したもの。歯車の整備性に難があること、駆動装置そのものの重量・容積が大きいこと、軸距が長くなり台車の重量が増大しやすいことなどが欠点として挙げられる。

中実軸の電動機と歯車との間に、円筒形の内歯歯車と外歯歯車を組み合わせたWN継手を配置したもの。三菱電機が提携先であったウェスティングハウス社(WH社)のライセンシーとして導入、WN継手の製造は新日鐵住金(旧・住友金属工業)が担当する。中空軸平行カルダンに比べWN継手の長さの分、主電動機の電機子軸方向のサイズが制限されるため、電動機出力を確保するためには特別な工夫が必要であることから、当初は標準軌の鉄道で先行して普及したが、電動機及びWN継手の小型化技術が進展したことにより狭軌の私鉄でも用いられるようになった。

それ以外のカルダン駆動方式

垂直カルダン式と呼ばれる車両が存在しました。
神鋼造機が製作したもので、モーターを台車の間に垂直に設置するもので、ナローなどでも利用できる事を目指していましたが、採用されたのは下記の三社のみであり、普及することはありませんでした。
淡路交通・・・試作車による運転
新潟県の栃尾鉄道
三重交通(後の近鉄)での採用

普及しなかった理由の一つに、整備性の悪さもあったようです。
モーターを垂直に立てる構造は、油漏れや摩擦の増大などが起きやすく、信頼性の面から必ずしも好ましいものではなかった。また、吊り掛け駆動方式や他のカルダン駆動方式では1段で済む駆動ギアが、この方式では2段階(モーター→垂直軸、垂直軸→車軸)必要で、更には垂直軸のジョイントも装備されていたため、全体が非常に複雑であり、動力損失も生じた。

何より致命的な欠点は、この元々複雑な駆動装置の大部分が台車上面の薄いスペースに収まっており、整備性が著しく悪かったことである。これは保守・点検を重視する鉄道会社に敬遠される最大の理由となった。

交通技術 昭和30年6月号から引用

3)眠れる巨人、国鉄

国鉄でも、新性能電車の設計は検討されましたが、その動きは緩慢で、昭和28年当時は63形電車から72形への改造が昭和26年の桜木町事故から行われており、昭和27年当時も半鋼製のモハ72形電車が増備されていた時代でした、全金属タイプの72形電車が登場するのは昭和31年まで待たねばなりませんでした。
しかし、昭和31年頃、大手私鉄は着々と新しい電車を導入して、近鉄では奈良線用として800形を増備したり、阪神でも3011形がジェットカーとして新性能電車が運転を開始していましたが、巨像はまだ、目覚めないと言った状況になっていました。
国鉄の新性能電車がデビューするのは、昭和32年に登場するモハ90系(後の101系)まで待たねばなりませんでした。
101系については、みなさんもよくご存知と思いますが中央線の慢性的遅延を解消するために導入が検討されたものであり全車電動車で当初は3.2km/hの加速を計画していました。

昭和31年頃、大手私鉄は着々と新しい電車を導入していた時期に有っても、国鉄ではモハ72920番台の全金属車を投入するなど、私鉄と比べると新性能化への歩みは遅いものでした。

同時期に製造されていたカルダン駆動式の新性能電車

近鉄800系電車(きんてつ800けいでんしゃ)とは、近畿日本鉄道が保有した特急・通勤形電車の一系列である。

国鉄発の新性能電車は、下記に解説していますが、撓み継ぎ手を使った中空軸式が採用された。

101系で採用されたのは、中空軸平行カルダン駆動方式

国鉄で採用されたのは、既に私鉄では先行していたWN方式ではなく、モーターの電機子軸を太めの中空軸とし、その両端にたわみ板継ぎ手を装備する方式が採用されました。
以下に、詳細をwikipediaから引用させていただきます。

駆動系全体は電動機を車軸と平行に台車枠に固定し、小さな偏位を許容する「WN継手」(歯車形たわみ軸継手とも言う)を介して電動機の出力軸と駆動歯車を接続する。日本では主電動機の荷重を全てばね上の弾性支持とした、 wiioedia参照

モーターは輪軸に平行配置して台車枠に支持されており、モーターの電機子軸を太めの中空軸とし、その両端にたわみ板継ぎ手を装備して、中空軸の中に一本の駆動軸(ねじり軸と呼ばれる)を通す構造となっており、動力の伝達は、中空軸→モーター出力軸の反対側のたわみ板継ぎ手→中空軸の中の駆動軸→モーター出力軸側のたわみ板継ぎ手→小歯車と伝達される。

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