国鉄でも、新性能電車の設計は検討されましたが、その動きは緩慢で、昭和28年当時は63形電車から72形への改造が昭和26年の桜木町事故から行われており、昭和27年当時も半鋼製のモハ72形電車が増備されていた時代でした、全金属タイプの72形電車が登場するのは昭和31年まで待たねばなりませんでした。
しかし、昭和31年頃、大手私鉄は着々と新しい電車を導入して、近鉄では奈良線用として800形を増備したり、阪神でも3011形がジェットカーとして新性能電車が運転を開始していましたが、巨像はまだ、目覚めないと言った状況になっていました。
国鉄の新性能電車がデビューするのは、昭和32年に登場するモハ90系(後の101系)まで待たねばなりませんでした。
101系については、みなさんもよくご存知と思いますが中央線の慢性的遅延を解消するために導入が検討されたものであり全車電動車で当初は3.2km/hの加速を計画していました。

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日本国有鉄道史 新性能電車の幕開け 第1話

昭和30年代は、電車が大きく発展した年代でもありました。昭和27年頃から電車に導入が始まったカルダン駆動車は、私鉄から導入され始め、国鉄では昭和32年のモハ90【後の101系】誕生まで待たねばなりませんでした。

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