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ハミルトンとワシントンが過ごしたバレーフォージの過酷な環境

ブロードウェイミュージカル『ハミルトン』の登場人物、アレクサンダー・ハミルトンとジョージ・ワシントンが、アメリカ独立戦争中に過ごしたバレーフォージの過酷な環境をまとめました。

更新日: 2019年02月09日

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この記事は私がまとめました

ミュージカル『ハミルトン』はブロードウェイ作品の1つです。

ハミルトンとワシントンは、アメリカ独立戦争中、バレーフォージで過酷な時期を過ごしたようですが、それはどのような場所だったのでしょうか?

バレーフォージ(英: Valley Forge)は、アメリカ独立戦争中の1777年から1778年にかけての冬、大陸軍が宿営地としたペンシルベニア州にある場所である。
それまで大陸会議の開催場所、首都であったフィラデルフィアをイギリス軍に占領され、この冬ジョージ・ワシントン将軍は最も困難な状況に置かれていたが、軍隊を再訓練し活性化させる期間でもあった。1778年はフランスがアメリカと同盟し参戦した年ではあるが、その後の数年間アメリカ独立戦争は持久戦の様相を呈した。

イギリス軍は1777年9月にフィラデルフィアを占領したが、10月にサラトガでバーゴイン将軍が降伏したために、新たな作戦の展開が難しくなっていた。冬に入ると、大陸軍の方も積極的に打って出る作戦の実現性がほとんど消えてしまい、ワシントンは兵士達の宿営地を探した。幾つかの場所が提案され、フィラデルフィアから22マイル (35 km) 北西のバレーフォージが選ばれた。それは優れた選択であることがわかった。そこはバレークリークという川の畔にある鍛冶場にちなんで名付けられた場所で、イギリス軍に程々近いのでイギリス軍がペンシルベニア内部に攻撃や略奪を行うことに対する牽制ができた。さらにイギリス軍の急襲の恐れを少なくする程度には離れていた。ジョイ山とミザリ山の高台に位置し、北のスクーカル川と相まって、守るにはやさしい地形であった。

兵士達には不定期に肉やパンの配給があった。ある者は小麦粉と水を混ぜた味のない「ファイアケーキ」で栄養補給していた。その時の状態が最悪だったので、ワシントンは悲観的に述べている「何か大きな変化が突然起こらなければ、 ... この軍隊はきっと ... 飢えて、解体され、日々の糧を得るための最善の方法として散り散りになってしまうに違いない」。動物達も似たようなものだった。ワシントン軍の砲兵隊長ヘンリー・ノックス将軍は何百頭もの馬が餓死するか疲労死したと書き残した。

この宿営地跡は1893年にペンシルベニア州の州立公園となり、さらにアメリカ合衆国建国200年にあたる1976年7月4日にバレーフォージ国立歴史公園となった。現在の公園には、復元された建物、記念碑や、訪れた人に簡単な紹介映像や展示物を見せる会館がある。

現在では国立歴史公園となったバレーフォージ

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