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ハミルトンがジョージ・ワシントンと過ごしたモリスタウンとは?

ブロードウェイミュージカル『ハミルトン』の登場人物、アレクサンダー・ハミルトンとジョージ・ワシントン。彼らはモリスタウンで共に過ごしたようですが、それはどのような場所なのでしょうか?

更新日: 2019年02月09日

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ミュージカル『ハミルトン』は、ブロードウェイ作品の1つです。

ハミルトンはジョージ・ワシントンとモリスタウンで過ごしたようですが、それはどのような場所なのでしょうか?

モリスタウン(英: Morristown)は、アメリカ合衆国ニュージャージー州の北部、モリス郡にある町であり、同郡の郡庁所在地である。 イギリスからの独立を果たした独立戦争で戦略的に重要な役割を果たしたことから、「アメリカ独立戦争の軍事首都」と呼ばれてきた。

ジョージ・ワシントンが初めてモリスタウンに来たのは1773年5月のことであり、アメリカ独立戦争に先立つこと2年だった。ワシントンは養子であるジョン・パーク・カスティスとスターリング卿ウィリアム・アレクサンダーと共に、この地からニューヨーク市に旅した。
1777年ワシントン将軍と大陸軍が、トレントンとプリンストンでの戦勝の後、モリスタウン近くで1月から5月まで宿営した。町の中心、モリスタウン・グリーンにあったジェイコブ・アーノルドの酒場を、ワシントンは最初の作戦本部にした。モリスタウンはその極度に戦略的な位置にあったので、宿営地に選択された。フィラデルフィアとニューヨーク市の中間にあり、ニューイングランドにも近かった。また住民の技量や交易も選定要因だった。地元の産業や天然資源で武器を提供でき、軍隊を支えるに足る食料を供給する能力があると考えられたからだった。

ワシントンが2回目の滞在をしていた1780年3月に、聖パトリックデイをその部隊に多くいたアイルランド系兵士のために休日と宣言した。マーサ・ワシントンがバージニアから旅してきて、戦争の期間を通じて毎冬の間夫の所に滞在した。ラファイエット侯爵がモリスタウンのワシントンの所に来て、フランスは艦船と訓練された兵士を送って大陸軍を助けると伝えた。

モリスタウングリーンには、ジョージ・ワシントン、若いラファイエット侯爵、および若いアレクサンダー・ハミルトンが会したことを記念する彫像があり、フランス王ルイ16世が派遣したフランスの大型帆船と軍隊が大陸軍を救援しにくることを論じている彼等3人を描いている。

モリスタウンのバーナム公園には「アメリカ独立戦争の父」トマス・ペインの彫像がある。ペインはベストセラーとなった『コモン・センス』を著し、イギリスの支配から完全に訣別することを説いた。この銅像はジョージ・J・ローバーが制作し、「危機第1」を作成している1776年のペインの姿を描いた。ニュージャージー州を横切って撤退する中で、太鼓をテーブル代わりに使っている。ペインは「これらが人の魂を試す時だ」と記した。この像は1950年7月4日(独立記念日)に除幕された。

フォード・マンション、ジョッキーホロー、ノンセンス砦は全てアメリカ合衆国国立公園局が管理するモリスタウン国立歴史公園の一部として保存され、国内で初めて設立された国立歴史公園として、歴史保存主義者の間でも定評がある。

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