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日産の屋台骨として長い間続いたブルーバードはモータリゼーションの誇りとなった

日産自動車が開発した乗用車・ブルーバードは1959年に誕生し、その当時は「ダットサン・ブルーバード」という名前で、ダットサンに前輪独立懸架を加えて快適な乗り心地や運転のしやすさを追求した。

更新日: 2019年01月25日

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外観はまるで外車のようなセダンに見えるが、水冷直列4気筒 OHVを搭載して名前の由来はメーテルリンクの童話・青い鳥から来ていて、幸福を象徴するように付けられた。

cobbyjpさん

一番最初はダットサンと同じ形式で製造・販売した

これってもしかして「サメブル」って言われてるブルーバードかな? 最初ケンメリ辺りのスカイラインかと思った pic.twitter.com/J2t3e6nI5i

31.U11ブルーバードHT後期ツインカムターボSSS-X マキシマのシートを移植でw pic.twitter.com/jWzsQ6C23H

7.日産 ブルーバード 1800SSSクーペ(510) 50年前に親父が初めて買ったクルマ。 欲しいというか一回乗ってみたい。 SSSクーペという謎のネーミングも見所。 普通にメーターを振り切る程度のスピードは出たらしいが…。 写真はその50年前の親父の愛車。当時のフィルムからスキャンしたもの。 #日産 pic.twitter.com/lJQ6FL7sWG

スーパースポーツセダンを取り入れた2代目は、これから続くブルーバードのイメージを担う

1963年にモデルチェンジが行われ、SSS(スーパースポーツセダン)を設定した2代目になった。エンジンは初代から受け継がれたものだが、発電機を併設してより力を向上させている。さらにトランスミッションはフルシンクロの3速MTで、リクライニングシートが加わったものや前輪ディスクブレーキを装備したものも登場して、モータースポーツにも積極的に参加した。

2代目ブルーバードの最大の特徴はピニンファリーナに委託されたボディデザインで、日本的な竹垣根をイメージさせるフロントグリルとその左右に太いモールで囲まれたデュアル・ヘッドライト、ボディサイドをテールに向けて下降する太いプレスライン、太いCピラーとルーフを1周するライン、尻下がりのテールに付いた鍵型のテールライト等の個性的なディテールを持って登場した。

ダットサン・ブルーバード1600SSS(2代目・R411型)/日産 ピニンファリーナデザインのブルーバード so-net.ne.jp/golden/collect… #ニューススイート bit.ly/NewsSuite

3代目に突入すると、堂々と大きな成功を収めた

見た目が日産スカイライン・ハコスカ2000GTRに似ている3代目は、1967年に誕生して同じ頃に誕生したダットサンよりも大きめのボディと新開発エンジン・水冷直列4気筒 SOHCL型を搭載して4輪独立懸架サスペンションを採用した。その上2ドアクーペや1.8L車を追加してより日産自動車の躍進をアピールすることができた。

「愛のスカイライン」というキャッチフレーズでより注目を集めた。これはカップルでドライブするときにふさわしいということをアピールしていることがひしひしと伝わってくる。そしてCMの映像もかっこよく走っている様子やカップルが仲睦まじく戯れる様子を取り入れてより印象深いものにした。

ひと回り大きくしてより高級感を出そうとした4代目はサメブルという愛称が付いた

1971年に4代目となったブルーバードは、今までにはないようなアクの強いデザインと直列6気筒2.0LのL20型を活用した。一番最初はまるでBMWのセダン車のように見えたが、スカットルの(ダッシュパネル下部奥方のへこみ部分)がまるでサメのエラのようにも見えるので、COBBYでも人気車種になっているサメブルと呼ばれて親しまれた。しかしオイルショックや排出ガス規制が起こったため、売り上げはあまり芳しくなかった。

610ブルーバードU2000GT-X エンジンはL28ヘッドチューン。

名誉挽回を図った5代目は、至ってシンプルなデザイン

販売不振だった4代目の名誉を挽回するために、1976年5代目へとモデルチェンジが行われた。直列4気筒のL16 / L18型、直列6気筒のL20型のエンジンを取り入れ前輪と後輪で異なるサスペンション、排出ガス規制に適合するためにマイナーチェンジを行い、国内登録200万台を記念した特別仕様車を生産したことで、今までにはない新しいブルーバードを強く表明できた。

最後のFR(後輪駆動)を採用した6代目は、27か月もの販売台数を突破

1979年に誕生した6代目は、バランスの取れた4気筒中型セダンとなるよう設計され、今まで使っていた直列6気筒モデルを廃止したおかげで大ヒットとなった。そして広告ではイメージキャラクターに沢田研二を使い、「ブルーバード、お前の時代だ」というキャッチコピーや、多彩なボディタイプで存分にアピールしてますます売り上げを伸ばしたのが特徴。

ダットサンから日産に名前が変わり、FF(前輪駆動)を取り入れた7代目

今までのブルーバードは後輪駆動で動いていたが、1983年に出た7代目から前輪駆動に変わり操縦安定性の向上が可能になった。さらに名前はダットサンブルーバードから日産ブルーバードに変わり、ボディサイズを前回よりも一回り拡大し、4輪ストラット式サスペンションを採用して、ついには上級車種に当てはまるV6エンジンを取り入れたマキシマシリーズも登場して、国内生産累計600万台を突破した。

4WDならではの持ち味を存分に生かした8代目は、ラリーでもよい成績を収めた

ちょうど昭和と平成の切り替わりにあたる1987年から1991年にかけて、ブルーバードは初めて4WDを取り入れた8代目へ進展した。これは今まで受け継がれた基本メカニズムをきちんと取り入れ、しかも肝心の4WDは独自に開発した「ATTESA(アテーサ)」を採用し、日産自慢のスポーツモデルにもなった。もちろんこの特徴をアピールするために全日本ラリー選手権Cクラスに参加してチャンピオンに輝いた実績もある。

全体に丸みを帯びてより洗練された印象にまとまっている9代目

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