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【どれにしようか】人生指南書ってこんなにあるんだ、ってお話。

人は生きていますと、道標と言いますか、拠り所といいますか、とにかくそのような自分が参考できるような書物を求めたくなることがあります。そして、本屋さんやネットで調べてたまたま出会った本を座右の書などにするのですが、実は昔から人生指南書はたくさんあります。自分の性格などを鑑みて最適な本を選びましょう。

更新日: 2019年02月19日

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人は生きていますと、道標と言いますか、拠り所といいますか、とにかくそのような自分が参考できるような書物を求めたくなることがあります。そして、本屋さんやネットで調べてたまたま出会った本を座右の書などにするのですが、実は昔から人生指南書はたくさんあります。自分の性格などを鑑みて最適な本を選びましょう。

m.satoakiさん

〇まずは、2500万年前から指南している中国の古典「論語」です。

たくさんの人が解説本を書いていますが、できるだけ簡単な本から入っていくのがよいです。簡単な本を読むことによって、さらに奥深く解説している本を読みたくなったときに、本の選び方がわかるという効能があります。

基本的に、最初から難解な本を読んでしまいますと、挫折するのが普通です。ですから、最初は「とっつきやすい」本から入るのがおすすめです。

もちろん、こうした読み方はほかの本にも当てはまります。

中国,儒教の根本文献。 20編。孔子とその門弟との問答を主とし,孔子の行為,その高弟の言葉を合せて記録しており,孔子の教えを伝える最も確実な古文献。短い文章の間に,孔子の人物,道徳説樹立の苦心,それぞれ個性のある弟子たちの勉学の様子などがまざまざと偲ばれる。

『論語』はこのように注釈する人の解釈によって読むもので、その注釈者の判断によって解釈も変わっていきます。
以前ある大学から頼まれて、『論語』の一文が引用されている中国語の文章の翻訳をしたことがあります。『論語』を引用した部分については『論語』の日本語訳の本を使って訳したのですが、その訳文のチェックをした方から『論語』部分の訳がまちがっていると指摘されてしまいました。

そこで私が使った『論語』の本の訳を伝えたところ「その先生(『論語』の翻訳・注釈をした方)はそういう解釈をしていましたか…」ととても驚かれていました。
このように注釈者によって解釈は大きく変わるのです。絶対的な解釈がない、解釈は人によるというところも『論語』のような古典の面白いところではあります。

⇒ 名言

「朋遠方より来たるあり。また楽しからずや」(学而)
現代語訳:(友人が遠方よりやってきた。なんと楽しいことだろう)

「巧言こうげん令色れいしょく鮮すくなし仁じん」(学而)
現代語訳:(言葉が巧みで外見を装うタイプの人間には、他者を愛する気持ちは少ないものだ)

義を見てせざるは勇無きなり。(為政)
現代語訳:(義だとわかっていてそれをしないのは卑怯である)

〇 論語のところで紹介しましたので「孟子」です。

中国、戦国時代の思想家。仁義王道による政治を説き、自ら孔子の継承者をもって任じ、性善説・易姓革命説を唱えた。後世、「亜聖(あせい)」と称される。

孔子の仁の徳に基づく徳治主義を継いで諸国を遊説したが用いられず,退居して教授と著述に専念。

その思想は宋代の朱子学によって高い評価を受け,《孟子》は《論語》と並称され,〈孔孟の道〉は儒教の代名詞となった。

⇒ 名言

『本を読んで、それを真に受けるだけなら、読まない方がいい。』
意味:表面や直面した事実をそのまま真に受け止め、真実を把握したような気分になり、思い上がってはならない。思い上がればそれが仇となり、叡智を得たはずが、逆にウイルスを混入させられたということになってしまう。

『至誠にして動かざる者は いまだこれあらざるなり。』
意味:誠意を尽くせば、人の気持ちは必ず動く。人だけではない。鉄壁の壁をも打ち砕くこともあるだろう。信頼残高と不撓不屈の精神が溢れる人間は、まるで無限の可能性があるような錯覚さえ見せるものである。

『人、自らをあなどりて、しかるのち、人これをあなどる。』
意味:自分に無限の可能性があることを知ったなら、人にもその他の森羅万象にも、同じようにその可能性があることも、連鎖して悟るはずである。もしそれを連鎖して悟っていないのであれば、それはそもそも『無限の可能性を悟った』ことにはならない。

〇 大学と中庸を簡単に紹介します。

『大学』と『中庸』は、儒学の経典『礼記』に収録されていた2篇だ。荀子の時代の後、紀元前3世紀頃に著されたとされている(正確な時代は不明)。孔子が生きたのが紀元前5世紀(春秋時代)だったから、孔子の死後およそ200~300年間のうちに著されたことになる。

『大学』と『中庸』は、はじめ『礼記』に収録されている1章にすぎなかった。この2章に光をあてたのが、朱子学を創始した朱熹だ。朱熹は『礼記』から『大学』と『中庸』をピックアップし、『論語』と『孟子』と合わせて「四子書」とした。これがいわゆる四書五経のはじまりとされる。

『大学』は、その名前の通り、大学教育について論じている。ただ当時の大学は、今日と異なり、国家の指導者層の子息たち、超エリートが通うところだった。したがって、いかに天下国家をよく統治し、人びとの間に平和をもたらすことができるか。これが大学で探求される問題だった。
その根本原理として『大学』が提出するのは、修身だ。

国家の統治を目指す者は、単に学問を修めるだけでは足りない。それに加えて、自己をよく修養し、徳を身につける必要がある。なぜなら徳こそがよい国家統治の条件だからだ。

中庸の徳とは、感情が動く前の静かな状態である「中」を、いかなる場合でも守ることのできる徳のことだ。
各人が中庸の徳に従い、中と和を極めれば、世界全体は正しい状態に落ち着く。これが中庸の徳のポイントだ。

〇中国には「老子」っていう人もいるのです。

老子とは春秋時代(B.C.770~B.C.403)の思想家で、道教の始祖です。
単に「老子」と書いた場合、人物としての老子を意味することもあれば、その学説を記した書『老子』を意味することもあります。
人物としての老子に関しては確かな記録に乏しく、実在を疑う人もいます。また、書物としての『老子』は老子単独で書いたものではなく、複数の著者がいるのではないかという説もあります。

老子は才能を隠し、無名であることを良しとする人でした。

楚の苦県 (河南省鹿邑県) の生れで,周王室の守蔵室吏をしていたとき,孔子に礼の道を教えたこともある

⇒ 思想・名言

「美を見た時、ああ美しいと思うから醜いという意識が生まれる。善を見た時良いことだなあと思うから善ではないという考え方が生まれる」

つまり、美と醜、善と不善、困難と容易、長いと短い、高いと低い…すべては比較によって生まれてくるのだ、ということを言っているのです。
互いの比較から価値観が生まれる。そしてその価値観で規定されたものは移り変わる。永遠に一定ではない。そんなものに心わずらわされることはない、と老子は言うのです。

大器晩成:(41章)「大きな器はいつまでも完成したように見えない」
いわゆる「大器晩成」とは「偉大な人物は大成するのが遅い」という意味ですが、『老子』における意味は上記のようなものです。

大巧は拙なるがごとし:(45章)「本当に巧妙なものは稚拙に見える」
この言葉の前に「本当にまっすぐなものは曲がってみえる」とあり、この言葉のすぐ後ろには「本当の雄弁は口下手に聞こえる」とあります。

足るを知る:(46章)「足るを知るとは、今の現実に満足することである」
この言葉の前に、「災いは足るを知らないから起こる。罪悪は欲望によって起こる」とあります。現状に満足するなら災いや罪悪は起こらないと老子は言っています。

今の時代に当てはまりそうなものが多いですね。

〇 なんと、荘子っていう人もいるんです。

中国,戦国時代の道家の思想家荘周 (荘子〈そうし〉) ,あるいはその著作。著作の場合は唐代以後に道教の経典に加えられて,荘周の作品を中心に道家の論文,寓話などを編集した書物。『南華真経』ともいう。

著書とされる《荘子》33編(内編7,外編15,雑編11)は荘周学派の論説集で,奇抜な寓言(ぐうげん)で文明を鋭く批評し,人為を捨てて,無為自然に復帰することを説く。老子の思想を継ぎ,道家の思想を発展させたもの

⇒ 寓話・名言

「混沌の徳」
徳が高く、目も口も鼻もない混沌の神のところに南海の神と北海の神が遊びにきた。混沌は厚く待遇したので、二人は返礼するために、人間と同じように混沌に穴を開けてやろうと九つの穴を開けたところ、混沌は死んでしまった。なぜなら何もないのが混沌であるからである。
この世界の本質は混沌であり、無為無策でいることが最上であるとするお話しです。

<夢の中にまた其の夢を占う>
夢をみて夢とは思わず、その夢の中でいまみた夢の吉凶を占う。人はよい夢を喜び、悪い夢を悲しむが、結局は夢の中のことだ。人生は結局夢である。

<自ら其の敵を適とす>
自分のほんとうの心に適するものを求めるべきである。他人の干渉によって悲しんだり喜んだりすることはない。自適がほんとうの人の姿である。

<日に心を以てたたかう>
人は毎日それぞれの心の持ちように従って自分の欲望と闘っている。

<善を為すも名に近づくことなかれ>
善をなしても、名誉を得ることは考えてはならない。

〇韓非子

中国,戦国時代末期の韓の思想家。法家。子は敬称,またはその著書をさすのに用いる語。韓の弱体に発奮して法家思想をきわめた。荀子に学び,申不害,慎到,商鞅らの法家思想を大成。

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