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ピコ太郎本が爆売れ…あの頃一世を風靡したあの人は今!

消え…てないぞ!「ピコ太郎」に「ゴールデンボンバー」、「髭男爵:ルイ53世」に「ヒロシ」まで…かつて社会現象を巻き起こしたあの人達は今も輝いています。今後の活躍も楽しみなみなさんについてまとめてみました!!

更新日: 2019年02月01日

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この記事は私がまとめました

最近テレビで見ない…いやいや実はあの人たちが大変なことに!

critical_phyさん

かつて大ブレイクした「ピコ太郎」さん…その秘密が詰まった本が出る!

空前の大ヒットとなったピコ太郎の「PPAP」。「PPAP」、ピコ太郎がなぜこんなにも世界で愛されたのかという秘密が書かれた書籍『ピコ太郎のつくりかた』が発売前にも関わらず、予約だけでAmazonビジネス書2位の快挙を達成。

「PPAP」のような動画コンテンツに留まらず、さまざまな人々から支持を得るために必要な要素がわかりやすい文章で散りばめられた1。冊

社会現象にもなった「PPAP」はその後、なぜヒットしたのか、という視点で様々な分析がなされ、学術論文にもなっている。

一発屋を乗り越えた…「ゴールデンボンバー」が今も第一線を走り続けている!

2009年にリリースした「女々しくて」が大ヒットしたゴールデンボンバー。オリコンカラオケチャートで51週連続第1位(日本記録)、オリコン週間ランキングでインディーズ史上初のシングル&アルバム初登場1位という快挙を成し遂げました。

おちゃらけた風貌のエアーバンドから、世間には「すぐに消える」「一発屋」などと言われていたよう。

なぜ自分たちに人気があるのか聞かれるも、「なんで?」「オレらなんで売れた?」「なんでこうなった?」と理由は分析できず。鬼龍院は「僕らも不思議なんですよねぇ~」と首を傾げていた。

本人たちもかつてはこのようにコメント。

ゴールデンボンバーのみんなは本当に腰が低くて、偉そうな態度を取らないそうです。なので共演者からの評判は良いみたいです。

作詞・作曲を担当する鬼龍院翔が人気者の「○○っぽい曲」を作り上げ、あらゆるファンを吸い上げる。筋トレマニアの樽美酒研二は週5で猛特訓を続ける。「SASUKE」に出演して制覇するためだけに努力を続けている。そのストイックさに男性ファンがぐっと増えた。

“ブーム”が落ち着いてもファンの心を掴みつづけている理由は、常に前例のないことに挑戦しているフロンティア精神と、常に観客を楽しませようとするエンターテイメント精神を両立させているからかもしれない。

ゴールデンボンバーって一発屋かと思いきやもはやなんでもやるし一応アーティストで持ち歌あるし盛り上げようと思えば盛り上げられるし雛壇芸人としても使いやすいしなんか 使いやすいんやな… 生き残ってるのすごい いやでも生き残るのわかる 鬼龍院さんめっちゃ人間できてるし努力家だもの…

そういえばあの言葉は今はもう聞かないかも…「髭男爵」ルイ53世が意外な方向で活躍!

爆笑レッドカーペットで2007年の暮れに出演すると翌年の2008年よりテレビ出演が急増。バラエティ番組やCMへの出演の他、同年秋にはラジオにて冠番組『髭男爵 ルネッサンスラジオ』(文化放送)も始まった。

芸風はヨーロッパの貴族をモチーフにした「貴族のお漫才」で、「ルネッサ~ンス」の挨拶や
ツッコミの代わりにワイングラスで乾杯するなど、独特の芸風で一躍有名になった。

娘に「一発屋であること」を説明するのが難しいんですよね。お笑い芸人やねんけど、そんなにテレビ出てないねん、みたいなね。また、それを知った友達のご両親とか、絶対にそれを肴に酒を飲むでしょ。想像するだけでゾッとする。

本人のコメント。

お笑い芸人・髭男爵の山田ルイ53世(43)が刊行した『一発屋芸人列伝』(新潮社)が「第24回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の作品賞を受賞。

この本はサクセスストーリーではないけど、そういう「いい溺れ方」は学べると思います。誰しも快適な環境で思う存分にクロールで泳げるわけではないですから。

文化人的な仕事が入ってくるようになりました。この前は『一発屋芸人に学ぶ経営のヒント』というお題で講演依頼がありました。また、中学2年から20歳まで、6年間の引きこもり経験があるからか教育についてお話ししたり。ありがたいですが、気が引けます。

髭男爵の山田ルイ53世の本を買った!前から気になってたのでとうとう。 まえがきから面白い。ヤフーの記事でいつもいい文章だなぁと思ってたのよね。 ご本人エゴサすると本に書いてあるから届くかな。面白い。 pic.twitter.com/Ceuetr0Ztj

言葉に重みがあるぞ…「ヒロシ」さんの生き方に共感の声があがっている!

2000年代後半に哀愁が漂うBGMを背景に標準語交じりの熊本弁で自虐ネタを言う「ヒロシです…。」ネタで大ブレイクした。

憧れていたのは、「面白ければ活躍できる世界」。しかし芸能界に入ってみると、力を持っている人とのコネクションが重要であることに気がつきました。お酒が飲めなかったヒロシさんは、飲み会に参加することもストレスでした。

幼い頃から、あがり症ではあったが「ここぞ」というときには力を発揮できるタイプで、テレビ出演を続ければ慣れると思っていたが一向に慣れなかった。精神的に限界を感じ、ブレイクから約5年後、事務所に「もうテレビに出ません」と伝えた。

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