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広島市と北九州市・・・はたして「都市格」はどっちが上なのか?

西日本最大の都市圏である関西、九州で最大の都市である福岡市。この2つの大都市圏の間にある100万都市が、広島市と北九州市の2つだ。では、その都市格はどちらがより優位なのか?

更新日: 2019年02月01日

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都市格の面から比較してみた

gudachanさん

人口では広島の勝利

1980年代までは北九州市の方が人口が上位だったが、100万都市になってから一貫してはこちらの方が勝っている

1965年頃には50万人に達した。その後は安芸郡、安佐郡、佐伯郡など周辺町村との合併に伴い市域が10倍近くに拡張し1985年に人口が100万人を突破した。

市発足以来の100万都市だったが、2000年代に100万割れし、その後も人口減少はとどまる気配はない

2005年1月に100万人を割って以降は100万人台を回復することなく、2007年以降は毎年平均4000人程度減少が続く状態で、2014年時点では福岡市の人口が北九州市の人口の1.5倍以上となっており、2015年10月1日付国勢調査による人口は96万1815人となっている。

中心駅はどうか

広島駅の1日のJR乗車人員は77,174人で46,694人の小倉駅を凌駕するが、中心街からは遠く、山陰地域や四国島も含めた中四国地方全体からのターミナル機能は岡山駅に集約されている

広島市の中心業務地区である八丁堀・基町、ならびに繁華街である紙屋町・本通といった中心市街地エリアからはやや離れた位置にあるため、路面電車・バスに乗り換える必要があるが、近年は駅の南北にて市街地再開発事業が進展しており、2009年にはMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島が徒歩圏内に開場するなど新都心機能が拡充している。

北九州市の中心駅小倉は本州からみた九州島の玄関駅であるほか、東九州方面の路線のターミナルでもある。市役所もある中心街エリアに位置しており、市内全体における拠点としての駅の存在感も大きい

九州の玄関口である北九州市の中心駅。本州と九州の接点としての機能を有し、山陽・九州新幹線の全列車が停車するほか、在来線においても東九州の各都市を結ぶ日豊本線の起点であり、特急列車が多く運行されている。新幹線と特急列車の乗換駅で、他の路線も含め多くの列車が始発・終着するターミナル駅である。

都市高速では北九州の勝利

北九州高速道路(きたきゅうしゅうこうそくどうろ、Kitakyusyu Expressway)は、北九州市とその周辺の地域に路線網を有する有料の自動車専用道路。福岡北九州高速道路公社が建設・管理を行う指定都市高速道路である。総延長は約49.5km。
一般には略して北九州高速、北九州都市高速、都市高速、都市高と呼ばれる。

広島の都市高速は1997年に既存のバイパス道路を編入した野がすべての始まりで、歴史も浅く、路線長も25kmのみ。路線の位置もバラバラで、トンネルも多い

広島高速道路(ひろしまこうそくどうろ、英: Hiroshima Expressway)は、広島県広島市とその周辺の地域に路線網を有する有料の自動車専用道路である。広島高速道路公社が建設・管理を行う指定都市高速道路で構成されている道路網をさす。一般には略して広島高速と呼ばれる。地域高規格道路の計画路線に指定されている。総延長31.1 km(開通区間25.0 km)である。

企業城下町

原爆による甚大な被害を受けた広島の戦後復興を支え、高度成長期の産業に大きく貢献したのがマツダ自動車の存在である。広島では公用車もマツダだ

原爆投下後は一時的に人口が20パーセント減少したが、戦後は重工業や自動車産業を中心に復興し、現在では日本の主要な工業都市となっている。

北九州の産業は、明治時代に創業した官営八幡製鐵所が前身の新日鐵住金の存在なくして語ることはできない

1901年(明治34年)に操業を開始した八幡製鉄所を契機として、鉄鋼・化学・窯業・電機などの工場が集積する北九州工業地帯を形成し、それら重化学工業が北九州市の経済をリードしてきた。

どちらも地下鉄のない100万都市 市内交通手段は?

市街地から郊外、さらに市外まで、7路線総延長35.1kmの路面電車が走る

軌道線6路線19.0kmと、鉄道線1路線16.1km総延長35.1kmの路線を持つ。どちらも軌間1435mm、直流600V電化。年間輸送人員は約5500万人(市内線 : 3780万8000人、宮島線 : 1719万3000人)で、軌道線と鉄道線を合わせた輸送人員と路線延長は、路面電車としては日本一である。

市電に代わる新交通システムとして誕生したが、路線距離は8.8kmと短い。カバーできる沿線は限られているが、要所を結んでいる

1985年(昭和60年)1月9日開業。北九州市の都心部を南北に貫き小倉駅 - 企救丘駅間を19分で結ぶ。1980年(昭和55年)に廃止された路面電車・西鉄北方線の代替機能を担っている。1998年(平成10年)には、小倉駅ビルに乗り入れてJR線との乗り換えや北九州市の門司・戸畑・八幡、山口県の下関方面との利便性が向上した。

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