1. まとめトップ

この記事は私がまとめました

illdarkさん

ウトヤ島とは

ウトヤ島はノルウェー・ブスケルー県ホーレにある湖ティーリフィヨレ東部に浮かぶ島。

事件の概要

2011年7月22日、ウトヤ島銃乱射事件が発生した

政府庁舎爆破事件により8人、銃乱射事件により69人がそれぞれ死亡しており、77人が死亡した。ノルウェー国内において第二次世界大戦以降の最悪の惨事とされている

ノルウェー警察当局により、両事件は極右思想を持つキリスト教原理主義者のアンネシュ・ブレイビク(当時32歳)が起こした連続テロとされており、共犯者は確認されていない。

アンネシュ・ブレイビク

アンネシュ・ベーリング・ブレイビク。

1979年2月13生まれ。

2011年7月22日にノルウェー連続テロ事件を起こした容疑で勾留中。単独犯としては現在世界最大の大量殺人犯である

スメスタッド小学校、リース中学校、ハートウィグ・ニッセン高校、オスロ商業高校と進む。クラスメートの話では成績が良く、いじめの被害者をよく手助けしていたという。
大学は中退した。

ブレイビクはクリスチャン・シオニズムを支持し、イスラム教・移民・多文化主義・マルクス主義を憎悪し、移民を受け入れ援助するノルウェーの在り方を否定していた。

インターネットで発表した文書内でも移民受け入れの拡大をすすめる左派を非難していた。

動画サイトでは同趣旨の『テンプル騎士団 2083年』という12分の動画も投稿していた。

日本と韓国を多文化主義に否定的な国家として挙げ、そのような国家を賛美賞賛するなどの行為をインターネット上の投稿で行っていたと報道されている。

また、「今、最も会ってみたい人々」としてローマ教皇のベネディクト16世とロシア首相のウラジーミル・プーチンの2人を挙げた。

また、「次に会ってみたい人々」として日本国首相の麻生太郎、韓国大統領の李明博、オランダ極右政党・自由党党首のヘルト・ウィルダース、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でイスラム系住民の大量虐殺を指揮したとされるラドヴァン・カラジッチの4人を挙げている

事件の経過

2009年秋にブレイビクは爆弾製造のための爆薬や化学肥料の入手を目的として鉱山会社と農場を購入、ノルウェーのネオナチサイトを利用しそこで自動車爆弾の製造方法をやりとりし、2011年5月にブレイビクは爆弾の材料である肥料6トンを購入し、80日間をかけてアンホ爆薬を使用した爆弾を製造した。

また、ノルウェーでは余暇に行う狩猟や射撃のために銃を所持することは認められており、ブレイビクも認可のもと拳銃と自動式ライフル銃を所持していた[19]。

ブレイビクは2011年7月17日にTwitterに犯行決意を書き込み、2011年7月22日の犯行直前に1514ページの文書をウェブに公開。自らテンプル騎士団を自称し、殉死作戦を書き連ねた。

2011年7月22日午後3時半頃(日本時間同午後10時半頃)、首都オスロの中心部にある17階建ての政府庁舎付近でブレイビクが仕掛けた爆弾が爆発した。最上階には首相府があったが、ノルウェーのストルテンベルグ首相は執務室におらず自宅にいたため無事だった。このほか石油・エネルギー省の庁舎で火災が発生するなど付近の建物が被害を受けた。

ブレイビクが仕掛けた爆弾は車爆弾であるとみられ、爆弾の重さは約950キロと推定されている。なお、爆破は複数回起きたと報じられていた

オスロ近郊にあるウトヤ島ではノルウェー労働党青年部の集会が行われ、10代の青年約700人が参加していた。

政府庁舎爆破事件直後にブレイビクはタクシーでウトヤ島の近くまで行った後に警察官の制服を着てボートで島に上陸し、爆破テロ捜査を口実に参加者を整列させ、午後5時頃(日本時間23日午前0時頃)より銃を乱射した。

ブレイビクは確実に殺せるよう各人に2発ずつ撃ち込んで殺していった。

また、島からは爆発する前の爆弾が発見されており、さらなる被害拡大を狙っていたとされている。

翌23日には同党党首であり、かつて同青年部の代表を務めたこともあるストルテンベルグ首相が現地入りすることが予定されていた

逮捕

銃乱射事件の直後にブレイビクが逮捕された。

ブレイビクは所持していた銃に大量の弾丸が残っていたが抵抗しなかったことや逮捕直前に警察に投降する電話をしていることから、銃撃戦を回避して生き延びて自分の信条を法廷で訴える狙いがあったとされている

ブレイビクは、「イスラムによる乗っ取りから西欧を守るため」を動機として「反多文化主義革命」に火をつけることをあげ、「非道ではあるが必要なことだった」と主張して、無罪を主張した。

鑑定が続く中、ブレイビクは3月7日にテロ及び殺人容疑で起訴され、4月16日に公判が開始されることとなった。公判ではブレイビクの精神状態が最大の争点となり、検察側はブレイビクを精神病療養施設へ強制収容するよう主張したが、ブレイビクは精神病ではないと主張し続けた。2012年8月23日、オスロ司法裁判所は禁錮最低10年、最長21年の判決を言い渡した。これはノルウェーにおける最高刑である。

この悲劇を題材にした映画も制作されています

2011年7月22日、ノルウェー連続テロ事件。ウトヤ島での無差別銃乱射事件の発生から終息に至るまでの72分間をワンカットで撮影した衝撃作。

1