1. まとめトップ

ビッグスリーの一つでもある大手自動車外車・フォードには大規模な歴史があった

どこまでも広い大地を駆け抜けるのにふさわしい車を提供するアメリカ合衆国のフォード・モーターは、同じ国にあるゼネラルモーターズ、クライスラーと並び「ビックスリー」の一つに挙げられる。

更新日: 2019年02月04日

1 お気に入り 704 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

フォード・モーターがアメリカでビックスリーと呼ばれるまでの経緯は、流れ作業を導入して大量の自動車を早く生産できる技術が整っている、様々なコンパクトカーを揃えていることが当てはまる。

cobbyjpさん

フィエスタお馴染みの消耗パーツやっと届いた! 【1】ホイールキャップ 【2】シートリリースレバー #ford #fiesta #フィエスタ pic.twitter.com/EeNPfhjmMd

#NFSPayback  NFSマシン紹介♯8 Ford Mustang GT(2015) 何となく作成 次回、スバル BRZ の予定 pic.twitter.com/HvtevjjaP2

アメリカが誇る自動車メーカー・フォードはゼネラルモーターズ、クライスラーと肩を並べる

フォードといえば日本ではマスタングの存在感が大きいだろう。それもあり、もしやすると「燃費が悪いV8エンジン」のイメージも根強いかもしれない。


V8エンジンのイメージも強いマスタングだが、2.3Lの直4エンジンもラインアップ。エコに走れるアメ車だったのだが……

 しかし近年ではWRCなどでの活躍もあり、スポーティハッチバック「フォーカス」が日本でも評価され始めていた。

 そんな矢先での日本市場からのフォード撤退。涙をのんだクルマ好きもいることだろう。

 と、落胆していた日本全国のクルマ好きに朗報が。なんと岐阜県と三重県のエフエルシー株式会社(旧社名:フォードライフ中部)の店舗でまだフォードの新車が買えるという。

創立は、2回も自動車会社を立ち上げるのに失敗したヘンリー・フォードによる

1903年、企業家のヘンリー・フォードが過去2回の自動車会社設立の失敗を挽回するためにフォードを立ち上げた。投資家から莫大な資金を集め、大量生産やアフターサービスにこだわるなど、現代の自動車産業で当たり前の形式を築いた。

失敗を恐れた瞬間からパワーが無くなってしまう でも失敗こそが成功に導くチャンスですから 失敗を恐れる事も恥じる必要もない むしろ恥じるべきは失敗を恐れる心です ヘンリー・フォード pic.twitter.com/cDpmLiiqyl

Chop your own wood, and it will warm you twice. 自分で薪を割れ、二重に温まる。 - ヘンリー・フォード - (米国の実業家、フォード・モーター創業者 / 1863~1947) pic.twitter.com/9yfG8g9GYA

ミシガンにあるヘンリーフォード博物館では高級イコール大きな車という価値観がホンダのアメリカ1号車やヨーロッパのコンパクトカー出現で徐々に変わっていく様子を垣間みることが出来て興味深い資料館です。 pic.twitter.com/pj8Ertaiyf

大量生産が求められる時代に応えるように、フォード・モデルTを製造

COBBYによると、一番最初に誕生したフォードの車は1908年のA型で、後にS型、そして世界で初めて大量生産で製造するフォード・モデルT(フォードT型)が当てはまる。ちなみに大量生産の方法はベルトコンベアを用いて組み立てラインを構成したもので、数人の作業と数日間でやっと車が1台できるという常識を覆した。もちろんモデルTはものすごい売り上げを記録し、業績で大成功を収めた。

今日の宿のサンレモホテルが開業したのが1908年なのでT型フォードの最初のモデルが発売されたのと同じ年で、アメリカでのヴィクトリア朝風の建物の建設ブームの末期になりますね pic.twitter.com/XqI9BzPFD9

【5月26日は何の日フッフ〜】それは1927年(昭和2年)のこと ・・1908年に生産が開始されたアメリカのフォード・モーター社の自動車「フォード・モデルT」(T型フォード)の生産が終了した日です。19年間で約1,500万台が生産されました。同年12月「フォード・モデルA」発表。 pic.twitter.com/NF7kKnPj9J

生産に不可欠な肝心の労働力は、ラインを導入しても退職者が多かったので低迷していた

黎明期の生産ラインは、一見便利に見えるが実は大きな問題があった。いくらベルトコンベアがあっても部品の組み立ては工員が行わなくてはいけない、生産台数が需要に追い付けない、工員の労働時間が単純なのに長くなる、その上賃金を引き下げるなどによって次から次へと工員たちはやめていき、生産数が衰えていった。それを何とかするためにヘンリーは賃金の引き上げを販売価格に加えず、生産コストを抑えることで実現することを行った。

フォードは、テイラーと同時期に、フォード生産方式とよばれる自動車の大量生産体制を構築しました。
これにより、フォードは、一般大衆に受ける普遍的な車として、「T型フォード」の生産・販売に成功しました。

モデル及び生産工程、販売サービスを改良したことで大きな転機が訪れる

大量生産で車を値下げすることができるので一般の大衆に向けて売り出す、斬新なデザインと優れた性能を取り入れるなどでアメリカ市場の5割を占める大きな会社になった。その頃はヘンリーの息子が社長に就任して次々と最新モデルを考案していき、とうとう往年のT型を廃止した。

FORD F350これで4台集まった!もっと増やしたい!5月1日に4台集合させてみたいな! pic.twitter.com/kbwqV4FbPW

ちなみに、メンバーがThe Dinnerの時に乗って登場した車はFord Phaetonという車で220万円ぐらいです pic.twitter.com/R5KjeZcglS

高級車市場へ進出して、マーキュリーブランドを立ち上げた。

1922年、フォードは名だたる高級車ブランド・リンカーンを買収して高級車市場へ乗り出した。その後はフォードとリンカーンを融合させたマーキュリーブランドを築き、中級者市場へ進出することも決めた。

【1948フォード・マーキュリー】大衆車の【フォード】、高級車の【リンカーン】中級車として発表された【マーキュリー】ファイヤーパターンがカッコイイ! f-kc.jp #フォード #マーキュリー #アメ車 pic.twitter.com/Wkl0ygxIvY

フォード社のFRフルサイズセダンと言えば、同社の最高級車リンカーン・タウンカーが有名ですが リンカーンに次ぐ高級ブランドのマーキュリー・グランドマーキーも、古き良きアメ車の味を持つ忘れがたいセダンです。 #マーキュリー #グランドマーキー #アメ車 #フォード pic.twitter.com/JxxHNPj7t3

今度は海外進出を視野に入れて、ヨーロッパやアジア、そして日本でも展開した

アメリカであれだけ展開したフォードは、他国での海外進出を狙った。それはライバル社のゼネラルモーターズも同じで、熾烈な争いが繰り広げられた。1911年にイギリス、1931年にはドイツに工場を構え、北米部門とは異なる自社の欧州部門が誕生した。後に中国などのアジアにも進出して1925年には、ついに日本にも登場した。

1974y FORD MERCURY COUGAR XR7 エンジンが全てV型8気筒だったのも上級モデルゆえのこと。 最高出力は標準の351で163hpに過ぎなかった。 ランドゥトップと小さなオペラウインドウは、この時代のプレミアムモデルにおける流行のスタイルだった。 pic.twitter.com/W8WbPDiAoP

1 2