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大型トラックで有名ないすゞはわずかだけど普通の乗用車も手掛けていた

大正5年に創業して、いくつもの事業を手掛けて1937年にやっと今の社名になったいすゞは、たくさんの荷物を運ぶのにありがたいトラック及び、観光や公共の乗り物に欠かせないバスなどの大型車、産業用の強力なエンジンで有名だ。

更新日: 2019年02月05日

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トラックや大型車で有名ないすゞだが、実はセダンやクーペ、SUVなどの普通乗用車も手掛けていたことをご存じだろうか。現在それらはほとんど見なくなってしまったが、結構こんなに種類があったのだ。

cobbyjpさん

現在トラックで有名ないすゞ自動車は、懐かしさを感じられる普通車も製造した経験がある

関東自動車 いすゞキュービック(KC-LV280Q)+西工 大宮200 か26-25(岩槻) 元阪急バスの貸切登録車(学校送迎用)。車内はチープなシートが並び、阪急時代のままのマーカーランプと最拡大サイズの側面窓、4色塗りバンパーがこの車最大の特徴。現在は三郷特別支援学校の送迎に使われている(敷地外から撮影) pic.twitter.com/Ke2HVVzIFA

日本の懐かしオールドカーです(笑)いすゞ 117クーペ。スポーティーなラインに丸目4灯♪カッコいいと思ったらRTお願いします! pic.twitter.com/8wbwq7XiSH #自動車

イギリスの自動車メーカーと手を組んで製造した外車のような風貌を持つヒルマンミンクス

1953年にいすゞが初めて開発した乗用車は、イギリスのルーツ自動車と提携して製造したヒルマンミンスクである。外車のようなセダン車をしていて1.3L 水冷直列4気筒 SVエンジンから1.5L 水冷直列4気筒 OHVエンジンが変わり、その後も改良が加えられて1964年に生産を終了した。

いすゞヒルマンミンクス スーパーDX at日本自動車博物館 とりあえずお気に入りカラーリングのを1枚。 pic.twitter.com/5jmksRVJOv

ヒルマン ミンクス いすゞ 部品取り 初代ヒルマンミンクスとか博物館以外で初めてみたわ... page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/q23… pic.twitter.com/FURGOOWT41

国産乗用車の幕開けとなった時に登場したディーゼル車・ベレル

他の企業の力を借りずに自社の力で作り上げたのが、ディーゼルエンジンを持つベレルだ。1961年に発表され翌年に一般発売となったが、設計段階で思わぬトラブルに見舞われる、デザイン及び性能があまり印象的ではないなどのことから、たった数年で生産を打ち切られた。

いすゞ、ベレルの工具箱 祖父が言うにはベレットがガソリン車、ベレルはディーゼル車だったそうです 実際、調べてはないですが... pic.twitter.com/P1Ca55BnX5

いすゞの期待を一身に担ってデビューしたベレルだが、それを製造する同社の藤沢工場もまた、ベレルと同じく61年秋に産声を上げたばかりだった。ベレルの生産開始がすなわち本格稼働の始まりとなったわけだが、このブランニューづくめが、結果的にベレルの出鼻をくじくことになった。生産工程、品質の双方にさまざまなトラブルが続出、その対策を講じ、ようやく品質が安定したのは発売翌63年の初頭だったという。

東京オリンピック開催と高速道路が開通した時にはベレットが誕生

前回のベレルの失敗を挽回を図って、1963年にベレットが誕生した。これには日本初のディスクブレーキ、優れたハンドリング、独立懸架・インディペンデントサスペンションを搭載して10年間も販売が継続した。サルーンやGT、GT typeRといった種類も登場して、ボディ自体が少し小さめなのが特徴。

Isuzu Bellett GT. Sales from Isuzu in 1964. (1964-1973) #classiccars #Japan いすゞ・ベレットGT 1964~1973年、いすゞ pic.twitter.com/DxVIo8KNly

タクシーや教習車として使われていた中型乗用車・フローリアン

ベレットを上回るように考案されたフローリアンは、同じ頃に出ていた日産のコロナやブルーバードと競い合うことが趣旨だった。しかし開発の予算が少なかったためモデルチェンジができず、家庭で求められることは滅多になくて、社用車、タクシー、教習車などの商用に使われることがほとんどだった。

好き⑥ いすゞ・フローリアン コンフォートに先駆けること30年、元祖日本版チェッカー・タクシーキャブ マジメだがすごく地味、およそ一般ユーザーが興味を示すモデルではない しかし、営業車萌えの性癖を少しながら持つものとしては、どうしたって見過ごせない車なのだ pic.twitter.com/p3uAXD9sEd

世界のどこでも売れる車づくりを目指したジェミニは26年も続いた

1974年、アメリカの大手自動車メーカー・ゼネラルモーターズと提携を結んだいすゞは、初代から5代目に渡る乗用車・ジェミニを製造した。最初はガソリンエンジンだったが後にディーゼルエンジンに変わり、特別仕様車やセダンのみならずハッチバックも取り入れ、結構長い間続けられたことで業績を伸ばした。

「ジェミニ」とは双子座の意味で、このGMとの共同開発にちなんで命名されたものです。また、石油危機後の省エネルギー指向の時代背景を受けて、いすゞは、小型ディーゼルエンジン開発の先駆者であることから、「80年代のディーゼル車」をめざして1979年11月にはジェミニ・ディーゼルを発売。ガソリンエンジンに引けをとらない性能で、高出力と経済性をマッチさせたQ-D1800エンジンは、直列4気筒1800ccで、最高出力61馬力、60km/h定地走行値29km/リッターという驚くべき低燃費。一躍ジェミニはディーゼル乗用車の代名詞として認知されました。

そんなわけで本日晴れて公道デビュー致しました新しい相棒のいすゞ ジェミニ 前期イルムシャーターボです! pic.twitter.com/eBH6WwPmBy

クーペ型乗用車・117クーペとその後継のピアッツァ

とうとういすゞはドアが2枚付いているクーペタイプを製造することにした。1968年に117クーペが長い間3台に渡って発売され、年数と共に素晴らしいものへとなった。そして1981年には2代に渡る後継車のピアッツァが登場して、いすゞ独自のクーペの歴史を刻んだ。

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