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この記事は私がまとめました

canty0628さん

▼ロシア検察がこんな声明を発表

ロシア検察は1日、1959年に雪深いウラル山脈(Ural Mountains)で9人の登山グループが謎の死を遂げた「ディアトロフ峠事件」を再調査していると明らかにした。

「検事総長事務所は、事件を調査することを決定した。遺族、メディア、市民団体を含め、多くの人々が真相の究明を望んでいるからだ」と検事総長事務所のアレクサンドル・クレンノイ公式代表が語った。

▼60年前に起きた奇怪な事件

ロシア・ウラル山脈北部のホラチャフリ山(地元少数民族の言葉で「死の山」を意味する)にディアトロフ峠と呼ばれる場所がある。

1959年1月23日、旧ソビエト連邦下のウラル山脈北部で、男性8名、女性2名、計10名の大学生が山頂を目指していた。出発から5日後、1人が体調不良により離脱を申し出たため、9人で山頂を目指すことに。

下山予定日を過ぎても大学生たちは戻って来なかった。その後、捜索隊によって大学生たちの遺体が発見された。

彼らのテントは内側から切り裂かれ、荷物は置き去りだった。

氷点下の中で衣服をろくに着けておらず、全員が靴を履いていない。三人は頭蓋骨折などの重傷、女性メンバーの一人は舌を喪失。遺体の着衣からは異常な濃度の放射線が検出された。

何らかの理由でメンバー全員がテントを飛び出し、マイナス30度の闇の中に散り散りに逃げていったということ。後に9名の遺体が発見されたのは、テントから1キロ半ほども離れた場所だった。

当局は捜査を打ち切り、「未知の不可抗力」による事故として処理してしまった。事件はリーダーのイーゴリ・ディアトロフの名から「ディアトロフ峠事件」と呼ばれるようになり、ロシア史上でも最も不可解な事件の一つとされている。

ディアトロフ峠事件て初めて知った 怖いけどぞくぞくするこの感じ

寝る前にディアトロフ峠事件のWikiなんて見るんじゃなかった!怖いよー!!

▼その後、様々な説が唱えられ

近年は国家機密のミサイル発射実験(冷戦下のウラル山脈ではたびたび行われていた)を目撃したせいで殺された、などという説も登場し、ネットを賑わせているという。

1959年2月2日 ディアトロフ峠で登山家男女9人が死んだ、謎の事件の原因説 ①ウラル原住民襲撃説 ②UMAイェテイ説 ③死の妖精「メンク」説 ④UFO説(白い球体) ⑤低体温症による異常行動説 ⑥軍の放射線実験説 ⑦仲間割れ説 ⑧天候説 ⑨丘の形状説(雪の竜巻を起こす) #事件 pic.twitter.com/JcPhoszmcv

死に山、非常におもしろいです。文章が軽妙でクッソおもしろい。ドニー(アイカー)さん、いいひとやな。

▼そして去年日本でもドキュメンタリー番組が放送!内容は・・・

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