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【みんな利用している!】大手コンビニの親会社の変遷

かつてはコンビニも百花繚乱の感がありましたが、市場原理の法則で現在では大手3社に収れんされてきています。しかし、その大手3社も「セブンイレブン」以外は経営母体が変遷しています。それを眺めるだけでも小売業の勢力図がわかって面白いです。

更新日: 2019年02月09日

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この記事は私がまとめました

かつてはコンビニも百花繚乱の感がありましたが、市場原理の法則で現在では大手3社に収れんされてきています。しかし、その大手3社も「セブンイレブン」以外は経営母体が変遷しています。それを眺めるだけでも小売業の勢力図がわかって面白いです。

m.satoakiさん

私の社会人第一歩はダイエーに飲み込まれてしまった「大手になり損ねたスーパー」でした。そうしたこともあり、流通業にはいつも関心を持っていました。まずはセブンイレブンの紹介からはじめましょう。

* セブンイレブンの変遷

セブンイレブンはイトーヨーカドーの子会社としてスタートしています。小売業に関係している人の間では有名な話ですが、鈴木敏弘さんという方が周囲の反対に遭いながらも開業した会社です。

セブンイレブンの親会社はイトーヨーカドーから変わることはなかったのですが、時代の流れで親子関係が逆転したと言えなくもありません。なぜなら子会社であるセブンイレブンの売上げが親会社であるヨーカドーの売上げを上回ったからです。

現在は持株会社として「株式会社セブン&アイ・ホールディングス」となっていますが、名前の順番から見てもわかるように主導権を握っているのはセブンイレブンです。

1973(S.48) 11月
「(株)ヨークセブン」設立 米国サウスランド社(現7-Eleven,Inc.以下同じ)とエリアサービスおよびライセンス契約締結
1974(S.49) 05月
第1号店出店(東京都江東区・豊洲店)
1975(S.50) 06月
24時間営業開始(福島県郡山市・虎丸店)
1976(S.51) 05月
出店数100店舗達成
09月
ベンダーの集約化、共同配送開始
1978(S.53) 01月
社名を「(株)セブン‐イレブン・ジャパン」に改称

当時、イトーヨーカ堂社内では日本におけるコンビニ事業の将来性に懐疑的であったがこれを推進した鈴木敏文が失敗時には自己が保有するイトーヨーカ堂の株式で穴埋めをすることを条件に、イトーヨーカ堂のオーナーである伊藤雅俊の了解を取り付けた。

2001(H.13)
04月
イトーヨーカ堂と共同出資により「株式会社アイワイバンク銀行(現 セブン銀行)」設立
05月
アイワイバンク銀行(現 セブン銀行)の店内ATM(現金自動預け払い機)設置開始

2005(H17)
02月
7-Eleven,Inc.を当社の子会社とし、IYグループ(現 セブン&アイ・ホールディングス)のコンビニエンスストア事業の運営管理を当社へ統合
09月
持株会社である「株式会社セブン&アイ・ホールディングス」設立
「株式会社セブン&アイ・ホールディングス」東証第1部へ上場
11月
7-Eleven,Inc.(米国のセブンイレブン)を完全子会社化

↓下記の記事はわかりやすいです。

2015年10月現在、同グループの営業利益の約8割をセブンイレブンによるコンビニ事業が稼いでいる。

以前はイトーヨーカドーを中核会社とする企業グループであった。しかしイトーヨーカドーの業績が伸び悩み、業績を立て直す必要があった。

一方で、子会社のセブン-イレブン・ジャパンの業績は好調で、セブン-イレブン・ジャパンがグループの中心的な存在になっていた。そのため、セブン-イレブン・ジャパンの株価の時価総額が筆頭株主たるイトーヨーカドーを上回る状態となり(いわゆる「親孝行会社」になった)、同社が買収の対象となりやすい状況にあった。

イトーヨーカドーが子会社の業績に頼らない経営、および敵対的買収からの防衛を目的として、持株会社制への移行を決定。2005年9月1日、イトーヨーカドー、セブン-イレブン・ジャパン、デニーズジャパンの三社で、持株会社「セブン&アイ・ホールディングス」を株式移転により設立して経営統合を行った。

この持株会社のロゴマークはセブン-イレブンのロゴを元にしている。また近年では事業の中核がイトーヨーカドーからセブン-イレブン・ジャパンへと移りつつある。

↓ 下記のサイトもわかりやすいです。

* ローソンの変遷

ローソンはダイエーの子会社としてスタートしているのですが、実はセブンイレブンを日本に紹介したのは伊藤忠という商社なのですが、伊藤忠が最初に打診したのはダイエーの中内氏でした。中内氏が断ったのでイトーヨーカ堂に話が回ったという逸話があります。

その後、ローソンは順調に成長していたのですが、親会社であるダイエー自身の業績が悪化してしまい、利益を得るために三菱商事に株を売却しました。

その際に三菱商事から社長として移籍してきたのがマスコミに頻繁に登場する新浪剛史氏です。新浪氏の後任には自らが招き入れたユニクロの元副社長玉塚元一氏が就任しますが、その後にまた三菱商事出身の社長になっています。

日本でのローソンのスタートは1975年6月14日オープンの1号店「桜塚店」(大阪府豊中市南桜塚)です。当時ローソンの親会社だったダイエーがコンソリデーテッド・フーズ社とコンサルティング契約を締結。ローソンミルク社のノウハウを元に独自のフランチャイズシステムを確立し、ローソンの1号店が日本に誕生しました。

ローソンは長らくダイエーが親会社であり、福岡ダイエーホークスの多くの選手がCMに出演していた。しかしダイエー本体は業績悪化に伴い保有するローソン株の多数を商社の三菱商事に売却した。

2001年(平成13年)からは三菱商事が30.68%の議決権を有する筆頭株主である。また、2007年(平成19年)5月31日までは登記上の本店が大阪府吹田市豊津町9番1号の旧ダイエーグループ本社ビル(江坂東洋ビル)にあったが、2007年6月1日より東京都品川区に移転した。

⇒ まとめ者の解説

ローソンの親会社であったダイエーは業績が悪化してイオングループの傘下に入りました。ローソンはその前に株を三菱商事に売却しており、ローソンの筆頭株主は三菱商事になっています。

ローソンではローソンHMVエンタテイメントやダイエーグループ商品券、OMCカードを扱っていましたが、ダイエーがイオンの完全子会社になったため2015(平成27年)6月末に取り扱いを終了しています。そして2015年(平成27年)12月よりイオンが展開する電子マネーWAONを利用するようになりました。

今の段階でなにが注目点かと言いますと、ローソンをめぐるイオンと三菱商事の関係です。どちらも超がつくほどの大企業ですので両者の関係がどうなるのかが注目されています。ちなみに、企業の格という面で言いますと歴史のある三菱商事のほうが格段に上です。

実は、新浪氏は三菱商事から派遣されてきた社長なのですが、三菱商事から一歩距離を置いた経営を目指していたように感じます。ですから、自分の後任に三菱出身者ではなく自分の選んだ玉塚氏を社長の座を譲りました。考えようによっては、新浪氏は三菱商事からの防波堤の役割を果たしていたことになります。

今回また三菱商事出身の社長が就任したということは、三菱商事が連携を強めようという強い意思の表れと見ることもできます。玉塚氏では「その圧力を跳ね返すだけの力がなかった」と私は想像しています。

…ということで下記のサイトが参考になります。

* ファミリーマートの変遷

ファミリーマート(以下ファミマ)のはじまりはのちにセゾングループになる西武百貨店の子会社西友の一部門でした。

その後、順調に成長していきましたが西友の業績が悪化し、資金確保のためにいろいろなところにファミマの株を売却することになります。その売却先の一つが伊藤忠商事でした。この時点で西友はファミマの経営から離れます。

その後2010年にampmを吸収し、また2016年にはサークルKサンクスの親会社であるユニーグループと経営統合しています。

ファミリーマートは1973年に株式会社西友の小型店実験店舗として埼玉県狭山市に1号店「入曽店(旧:狭山店)」がオープンしたのが始まりです。1978年に西友のファミリーマート事業部として発足しました。

ファミリーマートは、地方の有力企業との提携による合弁方式で営業責任を負うエリアフランチャイズを積極的に進めたことが下支えとなり、バブル経済崩壊後にも堅調に成長を続け90年代半ばにはセブンイレブン、ローソンに次ぐ業界3位の地位を固めた。

1994年、親会社であった西友のノンバンク子会社であった東京シティファイナンスの再建にあたって、整理資金捻出のため、西友が所有していたファミマ株を海外ファンド等への放出を開始し、98年2月丹羽宇一郎伊藤忠商事副社長(当時)に対し、ファミマ株の買い取りを申し入れ、伊藤忠がそれを受諾。西友はファミマの経営から退いた。現在は伊藤忠グループに属し、伊藤忠商事から商品供給体制に対するアドバイス・サポートなどの協力を得て事業を行っている。

2016年ユニーグループHDと経営統合により株式会社ファミリーマートの、ファミリーマート、サークルK、サンクスの3ブランドの合計店舗数は17600店舗近くとなり、同業首位のセブン-イレブンジャパンと並ぶ国内最大級のコンビニチェーングループが誕生しました。

⇒ まとめ者のちょっと解説

ファミマは一時期業界3位に満足してしまい、会社全体に活気がないと指摘されていました。そこに送り込まれたのが伊藤忠商事の上田準二氏です。上田氏は矢継ぎ早に的確な施策を実施しファミマを蘇らせ、経営者として評価されました。

その後ユニーグループとの統合を果たしたのも上田氏ですが、伊藤忠商事との間に軋轢があったようで統合後に代表取締役を外されてしまいます。そのことについて上田氏はマスコミに語ることはありませんでしたが、そうした態度がまた人間として評価されたように思います。

現在のファミマの代表取締役は澤田貴司氏という方ですが、この方はローソンで社長を務めていた玉塚氏の盟友です。両者はかつてユニクロで柳井社長の下で副社長を務めていました。柳井氏は玉塚氏を後継社長にしているのですが、マスコミ情報によりますと柳井氏の本来の意中の人は玉塚氏ではなく澤田氏だったそうです。澤田氏が固辞したので玉塚氏が社長に就くことになったわけです。

数年後、玉塚氏は柳井氏に解任されたのですが、その後澤田氏と玉塚氏は共同で投資会社を設立します。その二人がのちにローソンとファミマのトップに就任しているのですから人生の不思議さを感じずにはいられません。

このような経緯で現在澤田氏はファミマの社長を務めているのですが、私がいろいろなマスコミ情報を読んでいて気になることがあります。それはファミマの本当のトップは澤田社長ではなく、持ち株会社の「ユニー・ファミリーマートホールディングス(HD)」の高柳浩社長のような印象を受けることです。

高瀬氏は伊藤忠商事の副社長から転じて来た方ですが、ファミマの主導権は絶対に手放さないという強い意志のようなものを感じます。かつて上田氏が突然に会長を辞任したことから考えますと、現在のファミマの社長である澤田氏も同じ運命を心配しています。

杞憂であればいいのですが…。

* 最後に少し古いですが、わかりやすいイラストです。

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