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日本国有鉄道史 国鉄VS東武 日光観光客争奪戦 第2話

東武が投入した1700系に対抗して投入された157系、東武にとってその衝撃がどれ程大きかったかというと、1700系の製造を2編成で終わらせて新たに1720系(DRC)を投入したことからも窺えます。縦目セドリックのデザインと言われた独特のボンネットが特徴でした。

更新日: 2019年02月21日

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この記事は私がまとめました

鉄道ジャーナリスト加藤好啓です、今回も日光、観光客争奪戦として157系の車両のお話しを中心に、書かせていただきます。

blackcat_katさん

東武を震撼させた157系

157系の登場が、昭和34年、東武の1720系(DRC)の登場が昭和35年ですから、東武が157系の登場に危機感を持ったのは言うまでもありませんでした。
東武がどれ程危機感を持っていたかといいますと、昭和31年から製造していた1700系に代えて急遽新しい車両を投入したこと、更に従来車の1700系も、ボディを更新時に載せ代えて1720系と同じ仕様にしたことから伺えるとおもいます。

157系について

ここで、東武に1720系(DRC)を導入させる切っ掛けとなった157系について簡単に紹介させていただきます。
157系直流電車 4M2Tの6両編成   Mc+M'+T+Ts+M'+Mc
電車としては153系と同じモーター(MT46)ですが、勾配区間における抑速ブレーキとノッチ戻し機能が付加された構造で、準急電車として製造されていますが、当時の準急列車のレベルを遥かに超えたものでした。

最高運転速度110 km/h
全長20,500 mm
全幅2,950 mm
全高4,090 mm
車体普通鋼
台車揺れ枕方式空気バネ台車
DT24形(電動台車)
TR59形(付随台車)
主電動機直流直巻電動機
MT46形
主電動機出力100 kW
駆動方式中空軸平行カルダン駆動方式
歯車比19:80=1:4.21
定格速度68.0 km/h (70%界磁)
制御装置CS12C形電動カム軸式
制動装置発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキ
勾配抑速ブレーキ

運転開始当時の編成、中禅寺は、新宿発、日光は東京始発、なすのは、上野始発でした。

100年の国鉄車両






3等電動車(後の普通車)







2等付随車(後のグリーン車)

157系室内(落成時)

100年の国鉄車両
2等車(グリーン車)車内
冷房はなく、扇風機が付いています。

100年の国鉄車両
3等車車内
冷房はなく、扇風機が付いています。
特急と同じ回転式クロスシートとなっています。

157系電車の発展

日光号の他に、なすの号、中禅寺号があり、日光号が東京始発日光行きであったの対し、中禅寺号は、新宿発日光行きであり、なすの号は、上野から黒磯止まりとなっていました。
ただし、中禅寺号となすの号は季節列車として冬は11月21日から1月末までは運休となっており、運休期間中の間合いを利用して東京~大阪間に昭和34年には、「特急ひびき」として運転されました。
「こだま」と比べますと、ビュフェがありませんでしたが、2等車はリクライニング装備、3等も回転クロスシートであり、2等車のモケットが151系のモケットと異なりワインレッドのモケットであることや、冷房が付いていないことを除けば、特急列車と何ら遜色のない車両でした。
さらに、昭和36年4月1日からは、伊豆と日光の両観光地を直結する季節準急「湘南日光」が伊東~日光の間で運転されることとなりました。
この頃には、「ひびき」も2往復に増発される等、本来の日光線への直通から、東海道線にその活躍の場は移っていきました。

運転開始当初は、日光号の編成そのままもしくは、東京方にTs+T+M+M'cを連結した、10両編成で運転されました

ひびきは、夏期期間中は運転されていませんが、臨時列車として第二日光が運転されています。

準急なすのの時刻を掲載しました。

4月20日に「ひびき」1往復定期特急格上げのためサロ157形を「ひびき」に捻出することから、「日光」編成はサハ157形に置換えた以下の編成へ変更された。

ひびきの運用が増えて、日光号以外の列車は165系に置換え

その後も、157系は日光線で使われるのですが、「中禅寺」・「なすの」については157系から165系に車両が置き換えられ、グレードアップどころかダウンしてしまいました。
この頃から、国鉄は東武に対して戦意を喪失したように受けられます。
結局、日光号だけが157系運転で残っていましたが。昭和44年4月25日の改正で、急行日光号も165系に置き換えられ。いよいよ日光への観光客輸送は東武に軍配があがることになりました。

東武の車両がJRに乗り入れる時代
時代は流れ、現在のように東武とJR東日本が乗入りするようになるとは夢にもおもいませんでした。

「ひびき」が通年運転となり、冷房装置も設置されました。
特急、つばめ・はと等と並び、定期列車として、一桁の列車番号を与えられています。

日光号以外は、165系に置き換わるなど、変化がありました。

同時期の準急用車両(電車編)

当時の準急電車の主力は153系電車でしたが、地方ローカルなどでは80系電車も使われていました。
昭和50年頃まで、身延線は80系による急行電車が運転されていました。

同時期の準急用車両(気動車編)

気動車は、キハ26・55が中心で、運用の都合などで28・58が入ることもあったようです。北海道はもっと悲惨で、最後の方にリンク貼りましたが。キハ05と呼ばれる機械式気動車が準急列車に使用される事例もありました。

日光号は当初、キハ55形で運転されました。

本格的な急行用気動車、当時は急行用を中心に利用されたため、準急運用は少なかったです。

準急「かすが」には、2エンジン搭載のキハ51が使用されました。

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