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ダイハツの重要な戦力である軽自動車はフェローから始まり色々進展した

現在ダイハツは、人に馴染みやすい軽自動車の開発に力を入れて業績をどんどん伸ばしている。

更新日: 2019年02月25日

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この記事は私がまとめました

主力である自社独自の軽自動車の原点、基礎となったのが1966年から1980年まで続いたフェローで、そこからどんどん進展して色々な軽自動車が作り出されたことを忘れてはならない。

cobbyjpさん

1966年、ダイハツはフェローを開発してこれから自社で発展していく軽自動車の礎を築いた

私がまだ小さい頃、父が乗っていた思い出の車がダイハツ・フェローでした。1966年式初代のL37S。色は白。軽自動車ですがセダンのフォルムです。前面の四角のヘッドライトがトレードマークです。一応セダンタイプなので後ろには小さなトランクスペースがあります。ミッションは4AT。当然パワステはついていません。

初代は2つのグレードがあり、十分な実績を達成したのが主な特徴である

一番最初に誕生した初代モデルは、2種類あるスーパーデラックスとデラックスのグレードがあり、後輪駆動・FRや軽トラックのハイゼットでも使われて水冷化も加わったZL型2ストローク空冷2気筒ガソリンエンジンまたは新たに開発したZM型エンジンを搭載した。前輪は剛性が高いウィッシュボーン式サスペンション、後輪は動力の伝達を行うスイングアクスル式サスペンションを採用している。ボディは2ドアセダンや3ドアバン、2ドアピックアップトラックがあり、独自の形状となるようにプリズムカットを生かし、中の容積は大人4人が楽々乗れるような広さを誇る。

初代フェローSS。思わず変な声が出た。 実は僕が生まれる前、我が親父の初愛車だったりする。 帰宅後に親父にこの画像を見せたら驚きつつ喜ぶ一方、「俺が乗ってたのと少し違う」と。調べてみたらこれは1969年夏のMC後、初代親父号はその前の型らしい。 #とくしまクラシックカーフェスティバル in板野 pic.twitter.com/q777gk77RC

見るほどに味わい深いデザインと実用性!ダイハツ初の軽乗用車、初代フェローとは motorz.jp/entame/57383/ pic.twitter.com/0KRj7xeG0o

たった100台しかないが実用性が高いフェローバギーも素晴らしい逸品

1970年に砂浜や砂地、コンクリート舗装されていない悪路で勢いよく走る軽量の自動車・バギーカーとなるフェローバギーが誕生した。これは普通の乗用車では決して見られない独自の外観が生かされ、仕事で使っていたフェローピックアップトラックと同じエンジン・シャーシー・ドライブトレインを流用しており、最高速度は時速95kⅿにも達した。しかし発売は北海道、東北を除く日本国内で、価格は至って低く販売台数は100台限定だった。

@Okawari_L880K フェローバギーは49年前に100台限定で発売されたレアな1台なんですよ。 4年前にダイハツ本社横にあるヒューモビリティワールドへ行った時にこんな展示もありました。XPLAYのデザインはフェローバギーに通じる遊び心がありますね。 pic.twitter.com/xbegWLIHYY

2代目でダイハツ・フェローMAXとなり、前回にはない向上した性能を取り入れた

初代が1970年で終わった時にフルモデルチェンジが行われ、フェローMAXという名前が付いた2代目になった。最初のボディの形状は2ドアセダンと3ドアバンだったが後でハードトップとセダンが加わり、前回の後輪駆動から前輪駆動・FFに切り替わった。ZM型 0.36 L 2サイクル直2エンジンで40馬力を発揮できたが、オイルショックや排出ガス規制によって徐々に衰えた。マイナーチェンジでいくつかの種類が登場し、道路運送車両法が変わったことで安全面での対策を施した。終わりに近づいてくるとAB型550cc4ストローク2気筒SOHCエンジンが搭載され、排出ガス規制にも対応した。

● 1972年式 ダイハツ フェローマックス デラックス(L38) ダイハツのフェローMAXは当時の軽自動車の中で最強の最高出力を誇った車だ。 このフェローMAXは岡山のカリスマプライベーター「ヘンカタさん」の車。 geibunsha.co.jp/car/nostalgic-… pic.twitter.com/ge0z1WEAYa

マイナーチェンジを加えて大きさを拡大して馬力をさらに上げたMAXクオーレも登場

先ほど紹介したフェローMAXを大いにマイナーチェンジして、1977年にMAXクオーレが誕生した。こちらにはセダン及びバンがあり、車幅を拡大して28馬力を出せるAB型2気筒4サイクルエンジンが使われた。ちなみに馬力はマイナーチェンジで向上して、さらに車は排出ガス規制に対応した。1980年に生産終了したが、セダンとバンでそれぞれ違う後継車となった。

ボディタイプは、当初は乗用モデルの2ドアセダンと商用モデルの3ドアバンのラインナップでした。スタイリングは、プレーンで実用本位だった先代から一転し、ロングノーズ化が図られるとともにデコラティブなディテールが取り入れられました。ボディ・ディメンションは全長2,995mm×全幅1,295mm×全高1,310mm、ホイールベース2,090mmで、先代から全高が40mm低められました。

MAXクオーレから独立した全く新しい車種・クオーレでさらに知名度を上げる

前回はMAXクオーレは販売終了で完全に終わったわけではなく、1980年から1989年まで活躍した新しい車種・クオーレに生まれ変わった。具体的に説明するとMAXクオーレのセダンがクオーレそのものとなり、バンがハッチバック型のミラ・クオーレになった。手動で変速を行うセミオートマチックトランスミッションを設け、直列3気筒SOHCエンジンを搭載して、エアコンが付いた特別限定車・コティ80も登場した。なおクオーレは1989年にミラにまとめられた。

地元のおじいさんが乗ってるワンオーナー(多分)のミラクオーレ(・∀・)新車同様にピカピカで純正のアルミまで履いてる(>_<)これからも大事に乗ってほしい(*・ω・)ノ pic.twitter.com/5KydTs3J4i

#好きな車の画像貼る 初代ダイハツミラ。正式にはミラクオーレか。 走ってる姿は一度も見たことがない。まあ、三十年以上前の軽に乗ってる人はなかなかいないか..... pic.twitter.com/IoqiX82Toe

クオーレの姉妹車・ミラも長い間継続してダイハツの戦力となった

ダイハツの代表かつロングセラー車だったミラは、1980年から2018年まで休むことなく活躍していた。何しろ種類が豊富にあるので最盛期には販売台数が28万6,975台にも達し、いくつも行われたマイナーチェンジで性能がどんどんよくなっていったので、まさに人に馴染みやすい車だった。ちなみにミラが築き上げた歴史は38年にも及ぶとCOBBY。

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