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スポーツのなるほど雑学!話題に困ったときの救世主

見ても、実際にしても楽しいスポーツ。知ったら驚いたり、感心したりする雑学、もうあなたは知っていますか?今回はそんな雑学を厳選しましたをこれを読めば話題に困らなくなったり、知らない人に自慢できるかもしれませんよ。

更新日: 2019年04月09日

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全てのものに理由があるんだなぁ。

バドミントンに「見えませんでした」判定がある!?

プロ選手になると見えないくらいの速さでシャトルを打ちます。
見えなかったときの判定があるんです。

プロ選手になると見えないくらいの速さでシャトルを打ちます。見えなかったときの判定があるんです。

バドミントンには「よく見えなかった」という判定がある

バドミントンのシャトル(球)の速度は、球技の中で最も速く、時速300kmを超えます。男子トッププロプレイヤーともなると、時速400kmを超える選手もいるほどです。この速さで繰り広げられるラリーの末、コート内にシャトルがインしたのかアウトなのかの判定を主審だけで行うのは大変です。

バドミントンの審判は「見えなかった」と言っても良い【3分雑学】

その時のジェスチャーの仕方は「両手で目を隠してアピール」します。「何も見えませんよ~」という想いを体全体で表現しているんですね。ちなみに、このジェスチャーは主審ではなく「線審」という専門の審判が行っています。バレーボールにも、サーブが入っているか外れているかを見極める人がいますよね。バトミントンにも居るのですが、バトミントンの場合は「線審の判定は主審でも覆すことが出来ない」んですね。

サンドバッグには砂が入っていない!?

サンドバッグは、日本語に訳すと砂袋。なのに砂入っていないんです。

Yahoo!知恵袋

ボクシング用品メーカーによると、砂では、長く吊るしている間に袋の底の砂が固くなってしまうのだといいます。それを打つと手を傷めてしまうので、砂はサンドバッグの中身には向かないのです。
実際にサンドバッグに詰まっているのは、補足したフェルト、メリヤス、ナイロン生地、
スポンジなどで、数人の職人が分業して手作業で作るそうです。

サンドバッグに砂は入っていない

そんな文字通りのサンドバッグを殴った場合、固すぎて打撃部位を痛めてしまいます。 更に殴っているうちにどんどん中身が固められ、最終的にコンクリート並みの固さになってしまいます。 こんなものを殴って練習していたら、拳が強くなる前に骨が砕けてしまいます。

マラソンの42.195kmは女王のワガママ!?

マラソンで走るのは42.195km。少し中途半端な数字だと思ったことはありませんか?実は、女王のワガママで決まった距離なんです。

マラソンの距離はなぜ42.195kmなのか

マラソンが42.195kmという距離で初めて行われたのは、第四回のロンドンオリンピックである。
当初、マラソンは国王の住むウィンザー城からシェファードブッシュ競技場までの26マイル(約40km)で競われる予定だったが、時の王妃アレクサンドラが、「スタートを城の窓から見たいのでスタート地点は城の庭で、ゴールの瞬間は競技場のボックス席で見たいので、ゴール地点は競技場のボックス席の前にして」と
わがままを言った為、42.195kmという半端な数字になったとか。

フルマラソンの距離が42.195kmと中途半端な理由

現在では3台の自転車によって42.195kmを実際に走行し、正確な距離を測定しています。誤差についてのルールも明確に決められており、42.195kmよりも短い距離であれば、例外なく記録は無効となります。逆に42.195kmよりも長い場合は誤差0.1%まで、つまり42.195mまでの誤差が許されているのです。

シンクロナイズドスイミング選手の髪はゼラチンで固めてる!?

シンクロナイズドスイミングの選手は、どれだけ動いても全く髪型が崩れません。その秘密は、ゼラチンにありました。

メイクもヘアも一体となって

水中で激しく動くシンクロでは、髪を一つにまとめてゼラチンで固めるのですが、ゴムの結び方が甘いと、根元が浮いて水の抵抗を受けやすくなったり、頭を回す動きが鈍ったりするのだそう。 毛先は乱れていなくても、選手本人にとっては僅かの抵抗がストレスになり、演技に影響してしまうこともあるようです。

Yahoo!知恵袋

水で溶かしたのではなく、粉ゼラチンを45度の湯で溶かしたものです。ですから、プールの水では溶けず、また、後のシャワーで簡単に落ち、とても重宝しているそうです。
小谷選手が外国で知り、日本選手も使うようになったとか。

昔の日本は下駄でスケートをしていた!?

革のスケート靴が定着する前、日本では下駄でスケートをしていました。

さざなみが立つ諏訪湖で『下駄スケート発祥の地』の記念碑を見つけました

当時外国製の靴スケートは大変高価で、庶民には手が届かきませんでした。そこで、下諏訪町の河西準之助さんは下駄にスケートの刃を取り付けて下駄スケート考案しました。すると、たちまち諏訪地方に普及して、スケートの競技会が行われるようなりました。日本においてスケートが冬のスポーツとして発達する原点になったとして記念碑を作り、発祥の地とされています。

日本初のスケート靴は下駄だった

その後、現在のスケート靴のような革靴タイプのものが国内に入ってくると、下駄スケートは衰退していきますが、1950年頃まではスケート靴といえ日本では下駄スケートだったのです。

ストライクゾーンを選べた?

明治の初期、米国人教師H・ウィルソンらによって伝えられた野球は、当初はストライクゾーンが上・中・下に分けてあり、バッターの、「じゃあ、今日は上で!」という申告によって、その三つの中からストライクゾーンが一つ決められていた。

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