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道楽生活さん

▼1985年4月1日 フジテレビが『夕やけニャンニャン』の放送を開始

『夕やけニャンニャン』(ゆうやけニャンニャン)は、フジテレビ及び一部系列局で生放送していたバラエティ番組である。通称は『夕ニャン』(ゆうニャン)。

1985年4月1日から1987年8月31日の平日17:00 - 18:00(最終回は16:00からの2時間スペシャル)に放送された。

当初の司会進行役は片岡鶴太郎、松本小雪だった。放送回数は全573回。

▼『夕やけニャンニャン』にレギュラーで出演していたおニャン子クラブも社会現象に これは後のAKB48などの原型となった

おニャン子クラブ(おニャンこクラブ)は、1985年にフジテレビのテレビ番組『夕やけニャンニャン』から誕生した女性アイドルグループ。

1985年4月1日、フジテレビのバラエティ番組『夕やけニャンニャン』開始とともに番組内のアシスタントとして同時に芸能界デビューし、3ヶ月後の1985年7月5日に発表したデビューシングル「セーラー服を脱がさないで」がヒットしてブレイク。

▼ソロとして国生さゆり、新田恵利らがデビュー

▼『夕やけニャンニャン』と「おニャン子クラブ」は社会現象となったが、活動は意外なことにわずか2年半程度だった

1987年8月31日の『夕やけニャンニャン』の番組終了に伴い、翌9月に解散コンサートを行って、わずか2年半の期間でその活動が閉じられた。

番組、そしておニャン子クラブの終了の兆しは、放送開始から2年を経た1987年4月頃から見られるようになった。

この時期、『アイドルを探せ』も最後のメンバーとなった鈴木和佳子の合格後程なく終了となり、番組内容と番組を基盤としたタイアップ戦略や人材発掘もまた行き詰まりの様相を呈しつつあったためついに番組の打ち切りが決定した。

そのため最終的には同年6月15日に番組終了とおニャン子クラブの解散が正式に予告発表され、番組は8月31日に最終回を放送してついに放送終了を迎えた。

おニャン子クラブもまた9月20日の国立代々木競技場第一体育館での大規模な解散コンサートを以て活動を終了した。

番組の最終回の前日はこの番組も大々的に連動を行っていたフジサンケイグループ主催の大型イベント「コミュニケーションカーニバル 夢工場'87」の最終日だった。

▼『夕やけニャンニャン』の放送終了と「おニャン子クラブ」の解散から30年以上が経過 新田恵利が当時を語る

「おニャン子クラブ」在席時の新田恵利

タレントの新田恵利(50)が27日、日本テレビのトークバラエティー「1周回って知らない話 平成のアイドルアナ&指原莉乃&おニャン子解散の裏事情SP」(木曜後7・00)に出演。自らの「おニャン子クラブ」卒業までの経緯について明かした。

▼実はおニャン子をクビになっていた!? 中心メンバーの一人ではあったが、在籍期間はわずか1年5カ月だった

80年代、空前の大ブームを巻き起こした「おニャン子クラブ」。中でも新田は結成当初から絶大な人気を誇っていた。

そんなさなか、新田は1986年9月、在籍期間1年5カ月で卒業することになった。

卒業は自ら切り出したわけではなく、実は上から「次の夏のコンサートでお前卒業な」と告げられたのが理由。

「自分で卒業を決めたメンバーは数人じゃないでしょうかね」と衝撃の事実を明かした。

卒業時の心境について「卒業のときは本当にぜんぜん悲しくもなく。早く卒業したかった。1人の楽屋が欲しかっただけ」と振り返った。

▼新田恵利の今と昔

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