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世界最高ゴールキーパーの歴史。

サッカーの歴史で、その時代でナンバー1だったGKを、時代順に紹介して行きます。

更新日: 2019年06月28日

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この記事は私がまとめました

rulliさん

【目次】

【1930年代 前半】
Ricardo  Zamora [スペイン]

【1930年代 後半】
František Plánička [チェコ]

【1940年代 前半】
Sergio Livingstone [チリ]


【1940年代 後半】

1位 Valerio Bacigalupo [イタリア]
2位 Barbosa     [ブラジル]
3位 Roque Máspoli [ウルグアイ]


【1950年代 前半】 (ページ 2辺り)

1位 Amadeo Carrizo [アルゼンチン]
2位 Grosics  Gyula  [ハンガリー]
3位 Vladimir Beara  [ユーゴスラビア]


【1950年代 後半】 (ページ 4辺り)

1位 Gylmar       [ブラジル]
2位 Antonio Ramallets [スペイン]


【1960年代 前半】

1位 Lev Yashin   [ロシア]
2位 Viliam Schrojf [チェコ]
3位 Costa  Pereira [ポルトガル]


【1960年代 後半】 (ページ 5辺り)
1位 Gordon  Banks [イングランド]

【1970年代 前半】

1位 Sepp  Maier   [ドイツ]
2位 Pat   Jennings [北アイルランド]

【1970年代 後半】

1位 Peter   Shilton [イングランド]
2位 Ray Clemence  [イングランド]
3位 Ubaldo   Fillol  [アルゼンチン]
4位 Ivo   Viktor   [チェコ]

【1980年代 前半】(ページ 6辺り)

1位 Dino  Zoff      [イタリア]
2位 Harald   Schumacher [ドイツ]


【1980年代 後半】

1位 Walter  Zenga    [イタリア]
2位 Jean  Marie Pfaff [ベルギー]
3位 Rinat  Dasayev    [ソ連]


【1990年代 前半】 (ページ 7辺り)

1位 Peter Schmeichel   [デンマーク]
2位 Michel Preud'Homme [ベルギー]
3位 Cláudio Taffarel    [ブラジル]

【1990年代 後半】
José  Luis  Chilavert  [パラグアイ]

【2000年代 前半】
Oliver Kahn     [ドイツ]


【2000年代 後半】

1位 Gianluigi Buffon [イタリア]
2位 Petr Čech    [チェコ]


【2010年代 前半】
Iker Casillas    [スペイン]

【2010年代 後半】
Manuel Neuer   [ドイツ]

【本編開始】

「キャプテン翼」の悪影響か、世界で一番、「10番」、「10番」うるさい日本人に、「1番」(ゴール・キーパー)の歴史と魅力を 教えたいと思いました。

彼がGKやってた時、メキシコは一番、強かったんですよ。
コパ・アメリカで準優勝しました。
彼はW杯で2回、ベスト16まで行きました。

彼、凄いんよ。

日本のサッカー誌とテレビ局はバカなので、こういう歴史は紹介しません。だから、私が日本人を教育したいと思いました。

興味のある方は、イギータ先生のプレイを
調べて下さい。

驚きますよ。

私は、
「個性派GKは、20世紀で終った」説を
強く主張します。

サッカー界から、個性派は絶滅したね。

サッカー史で、各時代の『世界最高GK』を紹介します         (5年区切りで紹介しています)。世界では、1930年頃にプロ化した国が多いので、この時期から紹介します。

1901年、スペイン生まれ。

【主な所属クラブ】
1919ー1922  バルセロナ
1922ー1930  エスパニョール
1930ー1936  レアル・マドリード


スペイン・リーグ 優勝   2回(1932、33)

スペイン国王杯  優勝   3回(1920、22、29)

カタルーニャ州リーグ 優勝 5回(1918、20-22、29)


【スペイン代表】
1920ー1936  46試合出場

「W杯1934、最優秀GK」

サモラが、サッカーを始めた頃、
スペインは、まだアマチュア・リーグしかなかった。

そして、1929年、彼が28才の時に、
プロ・リーグが設立された。

それをきっかけに、彼はレアル・マドリード
に移籍した。

W杯では、1934年大会に参加し、
最優秀GKに選ばれた。
(スペイン代表は、準々決勝まで進出し、
優勝したイタリアに敗れた。
1-1で引き分けに終った。
その為、再試合を行い、0-1で敗れた。)。

彼は、1930年代前半、世界最高のGKだった。

現在、スペイン・リーグでは、
「1シーズンの失点率が、最も低いGK」に、
「サモラ賞」という賞を、毎年、贈っている。

それぐらい彼は、スペインで偉大なGKであったと
尊敬されている。

1904年、チェコ生まれ。

【主な所属クラブ】
1923ー1939 スラビア・プラハ


チェコスロバキア・リーグ 優勝 8回
(1925、29ー31、33ー35、37)




【チェコスロバキア代表】
1926ー1938  73試合出場

W杯1934、準優勝

「W杯1938、最優秀GK」

身長、172センチで、GKとしては小柄だった。

彼の愛称は、「プラハの猫」だった。

彼は小柄だったが、世界一のGKだった。

W杯1934では、準優勝した。
4年後、1938年、再びW杯に参加し、「最優秀GK」に選ばれた。
彼は2大会連続で、W杯で大活躍した。

彼はこの頃、「世界最高のGK」だった。

1920年、チリ生まれ。

【主な所属クラブ】
1938ー1942 ウニベルシダ・カトリカ
1943ー1944 ラシン・クラブ
1944ー1956 ウニベルシダ・カトリカ

チリ・リーグ優勝 2回(1949、54)

【チリ代表】

1941ー1954  52試合出場

「コパ・アメリカ1941 MVP」

彼は、見る者が驚くほど、跳躍力に優れ、
愛称は「エル・サポ(EL Sapo)、: カエル」
だった。

彼は1941年、21才で、チリ代表に選ばれ、
コパ・アメリカに参加し、
いきなり大会最優秀選手になったという
「天才GK」である。

21才で、チリ代表でレギュラーを掴むと、
34才まで代表で活躍し続けた。
コパ・アメリカには6回も参加した。

彼は、チリ・サッカー界のレジェンドで、
南米のレジェンドでもある。

彼のジャンプは、当時の新聞記事で、
「スイス・ナイフのように宙を裂くように飛び、
まるでハシゴでも使っているかのように空中に登る」
と表現されていた。

当時の新聞には、
「彼の出る試合は、お客が多くて混雑していても、
見るに値する」
と紹介されていた。

写真、左が リビングストーネ。

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