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<閲覧注意>本当にあった怖い話「鳥居が丘」「蛍」「地獄の森」

<閲覧注意>本当にあった怖い話「鳥居が丘」「蛍」「地獄の森」についてまとめました。

更新日: 2019年03月16日

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<閲覧注意>本当にあった怖い話「鳥居が丘」「蛍」「地獄の森」についてまとめました。

kent303さん

鳥居が丘

私の実家の近くには『鳥居が丘』という名の土地がある。
とても古い石鳥居が、住宅地の中にポツリと立っているという、おかしな土地だ。

そこは『神社が丘』でも『稲荷が丘』でもなく、『“鳥居”が丘』なのだ。
つまり、少なくともその名が付けられた昔には、既に鳥居だけがそこに立っていたと言うことだろう。
無論現在も、その形の悪い石鳥居に対応する社などは、存在しない。

私は高校の頃、よく晩に居辛い家を抜け出して、その鳥居の辺り迄散歩する事があった。
そこは住宅地の直中だと言うのに、妙に静かだった。
孤独に浸る事を邪魔するものが、そこにはまるで無い。
思えばその頃は、不思議なモノをよく見た気がする。
青春時代の孤独とか言うやつはもしかしたら、心も体もあの世側に近付けていくのではないだろうか。
そんな事を考える。

そんな日々の、ある夜の事だ。
その夜は、酷く雪深く感じられた。
何せ、いつも通る抜け道が除雪でよけられた雪に塞がれていたのだ。
だからその日は、仕方なく違う道を選んだ。
農協の建物に付いている時計を見ると、丁度午前零時だった。
寒いのは当たり前だ。
部屋着に、とりあえずコートだけを羽織って着たのだから。
小さな墓地が見え、確かその角を曲がれば例の鳥居の筈だった。

…ふと、妙な事に気付く。

その小さな墓地に似合わない、妙に大きな墓が有るのだ。
いや、大きいと言うよりは、高いと言った方がいい。優に3mはあろうか。
妙に細長い形の墓石の影だった。 その細長さは、どこか女性を連想させる。
珍しい墓石だな、こんなの今まで気付かなかった。
そう思い、携帯で写メでも撮ろうと照明を点ける。

すると、陰になっていたその墓石の先端が、カクリ、と曲がった。
そこから、バラバラバラ、と簾の様な物が垂れる。

何だろう。
その先端に、照明を合わせていく。
画面に映ったのは、大きな目が一つと、フグの様な小さな口、びっしり生えた歯の隙間からだらりと垂れ出た、
襞だらけの長い舌の、顔とも言えぬ様な顔だった。簾の様な物は髪の毛としか言い様がなかった。

私は恐怖に声も出せずにいると、カクリ、もう一段階折れ曲がって、その後ズルズル…と、
形容し難くどういう原理かなど見当もつかないが、普通の生き物には到底有り得ない進み方で、にじり寄って来ている。

「お…お…」

歯だらけでバランスと言うものがまるで無い、深海魚の様な口から、怖気を催させる声が漏れた。
その声は驚くべき事に、一声毎に周囲の闇を濃くさせていく。
それは錯覚などというレベルではなかった。
雪が黒く染まっているのだ。
雪国の夜は、淡い光が下から沸き立つ様に薄明るく見えるものだが、その反射光すらも黒く染まっていくのが分かる。
黒い光に脚が蝕まれていく。
その中で、何か酷く湿った物が蠢いている。

これは、指、だろうか?
弾かれた様に、本能的に、明るい方へと向かう。足がもつれ、這う様な形になる。
周りは人が居る筈の住居に囲まれているというのに、恐怖に喉が引きつり、叫び声一つ出てこない。
まるで、あの髪の毛が喉に絡みついている様だ。
その住宅の窓どれも、時間のせいか、まるで生きている者が中にいる気がしない暗さをしている。
これでは呼び鈴を鳴らし住人を待つ間に、あの怪物に追いつかれてしまう。

明るい方へ、とにかく明かりの点いている人家へ。
曲がり角から、微かに光が漏れているのを見つける。
黒い雪の上を、泳ぐ様に走り、曲がる。

すると、住宅の明かりかと思ったそれは、驚いた事に例の石鳥居が発していたものなのだった。
いや、鳥居そのものが光っているというよりは、鳥居に囲われた内側の空間から光が溢れている、という具合に見えた。
突拍子もない事が連続し、もう訳が分からないが、後ろからはあの怪物が迫っている。
人家は、と思うが、不運な事にそこは、四方、皆背を向けて建っていた。

もう何でもいい。縋る様に、鳥居に這い寄る。

鳥居の発する光の中で後ろを振り向くと、怪物は光の及ぶ範囲には近寄れないのか、大分離れた薄闇の中でうずくまっている。
うずくまっている、という言い方が正しいのかは分からないが、とりあえず背丈は半分程に縮み、一塊に縮まっているように見えた。
ナメクジの様だ、と思ったのを覚えている。

すると突然轟音が響き出した。
すぐ後ろ、石鳥居から発せられている。
その轟音に見合う突風が吹き寄せる。

振り返り鳥居を見たが、その轟音の中、一体何が起こっているのか分からず、
混乱は飽和し、今にも心臓そのものが割れて叫びを上げそうに思われた。

その鳥居の間を、何も見えないのに、何かが、それも大きさの計り知れぬものが、今通り続けているのが分かるのだ。
あるのは風だけだというのに。

あれを何と形容すればよいのか。
鳥居が発している光そのものすらも、風に押し流されて、一方向に吸い込まれていく様だった。

光が風に運ばれるなどということが、有り得るだろうか?
しかし、そうとしか言い様が無い光景だった。

突風の混乱の中、もう私自身の恐怖すらもその風に押し流されていく心持ちだった。
ふと先の怪物の方を見ると、「ヒイー、ヒイー」と言う情けない声を上げながら、墓地の方へと引き上げて行こうとしている。
しかし、その動きは鈍く、進む度に体が小さくなっていっている様に見えた。

それを見ながらも、高まっていく轟音と光に、私は段々と気が遠くなっていった。

目が覚めると、自室の布団の上だった。
時刻は、ちょうど午前零時。携帯の時計で確認しても、零時ちょうどだ。

先程、農協の時計で午前零時である事を確認した。あの時計は、ズレる事などない筈だが…。

夢であるのか、というと、雪にまみれたコートを着て寝ていた事から、それは違うと確信する。
何より、あの感覚全てを夢だと言うなら、何が夢でないものなのかすら分からなくなってしまう。

ふと携帯を開いてみると、細長い墓石の画像が、確かに入っていた。
間違い無く、あの場所までは行ったのだ。
片道20分は掛かるというのに、何故。

あの鳥居で、光がまるでCGの様に、風に引きずられる様を見た。
光が風に流されるというなら、時間など吹き飛ばされるのが道理だとでも言うのか?
馬鹿げている。何もかも余りに馬鹿げている。

眩暈がした。心臓の鼓動は酷く早いのに、恐ろしく眠い。
あのおぞましい顔は写っていなかったが、さすがに気味が悪く、その場で消した。
しかし、いつシャッターボタンを押したのだったか…。
いや、今はとにかく朝だけが来て欲しい。
何も考えたくない。
そのまま私は、眠りに落ちた。

後に、その石鳥居について、地元大学の調査が行われたという新聞記事を、偶然見る機会があった。
以前から、一部の民俗学者からは、注目されている代物ではあったらしい。

調査では、建てられてから少なくとも千百年以上は経つ、日本の鳥居全体においても、最も古い部類に入るものだと確認されたらしい。

川に沿って、上流の方にももう一つ、同じ型で同じ年代に作られた石鳥居があるらしく、
それらはどうやら、龍山と呼ばれる、標高ほんの300m程の山に向かって建っているという。
その山はその一帯の山岳信仰の、一種の聖地的な物であったのではないだろうか。そう記事は締めくくられていた。
なる程、龍山という名前なくらいだから、もしかしたらあの時の突風は、龍が通ったのかもしれないな。
龍だったらば、あんなおぞましい怪物でも怖がって然るべきだ。
その時はあの日の異常な恐怖も忘れ、暢気にそんな事を考えていた。

しかし、今こうして書き出して見ると、再び眩暈がする様な気になる。

人間では立ち向かう意志も奪われる様な怪物が夜の闇の中に居て、そしてその怪物ですら為す術も無いような怪物は、
山の中でも一際ちっぽけなものに由来しているに過ぎない、と言うのか。


壁に貼った日本地図を眺めると、その列島は山ばかりの島なのだと気付く。
まして私の故郷は、山に形作られているという事が、そのまま地名になっている様な土地だった。
あの見分けるのも難しい小さな山ですら、途方も無い怪異を起こすと言うのなら、隣の一回り大きい山はどうだろう?
その後ろの雲を突く山は?
もしそれら一つ一つに、あの龍が如き者らが潜んでいるのなら、山を削って道路を作り、トンネルを掘った程度で、
何事かを管理出来ているつもりになっていていいのだろうか。
もしや我々は、自らこじ開けた龍口に、それと知りもせず入り込んでしまったのではないのか?
街の隅に在る闇一つすら、征服出来ぬまま。

そう言えば書き忘れていたが、あの夜の異変の片鱗は、次の朝にも思い知らされた。
朝飯の際、母親に
「あんた毎晩夜中出歩いてよく飽きないわね、友達もいないくせに。星空でも見てたの?」
と聞かれた。

あんな大雪ん中で星なんか見える訳ねえだろ、と私は答えると、
「大雪?何言ってんの?どこに雪が積もってんのよ。昨日は綺麗な満月だったじゃない」
と言う。私は、弾かれる様に表へ出た。

何処にも、雪のかけらも無かった。
…馬鹿馬鹿しい、全部夢だったのだ。
そう思い、携帯を開き、息を飲む。

待ち受け画像は、ひょろ長い墓石だった。
先端がカクリと曲がっている。簾の様なものがバラリと垂れる。
そこに大きな目がある。
歯だらけの小さな口があり、長い、長い舌が垂れ下がっている。
髪は写り得る限りに広がっていて、画面の内側を指が這う。
私は、震える指で何度も何度も押し間違えながら、その画像を消した。
携帯の中のありとあらゆるデータを消し、投げ捨てた。

震えながら、涙が出る。
ああ、今なら、千年以上の昔の人間が、あんな仰々しい石鳥居を建てずにはいられなかった、その気持ちが分かる。
人間はあまりにも知らない事が多く、あまりに力弱い。
昼の日の中でさえ、闇の恐怖を拭い切れない。
日本地図を見、山の多さに眩暈がする。
昨日は晴れだったろうか?
雨だったろうか?
私はあの夜、どうやって帰ったのか?
今夜、眠っている間、何者かが枕の傍に立ちはしないか?

そう考え始めると、地面が音を立てて崩れる気がする。
そして、巨大な何者かの、柔らかな胃袋の中に今立っているのではないか、と。

八月。開いた窓から吹きこんでくる風と共に、微かに蝉の鳴き声が聞こえる。時計は午後六時を回ったところ。
陽はそろそろ沈む準備を始め、ラジオから流れて来る天気予報によれば、今夜も熱帯夜だそうだ。
僕を含め三人を乗せた軽自動車は、川沿いに伸びる一車線の県道を、下流域から中流域に向かって走っていた。
運転席にS、助手席に僕、後部座席にK。いつものメンバー。
ただ、Kの膝の上にはキャンプ用テント一式が入った袋が乗っていて、
車酔いの常習犯である彼は身体を横にすることも出来ず、先程から苦しそうに頭を若干左右に揺らしている。
僕らは今日、河原でキャンプをしようという話になっていた。
Kが持つテントの他にも、車のトランクの中には食料や寝袋、あとウィスキーを中心としたお酒等も入っている。
夜の川へ蛍を見に行こう。
言いだしっぺはKだった。何でも、彼は蛍のよく集まる場所を知っているらしい。
意外に感じる。

Kはオカルティストで、いつもならこれが『幽霊マンションに行こうぜ』 やら、『某自殺の名所に行こうぜ』となるのだけれど、
今回はマトモな提案だったからだ。
「蛍の光を見ながら酒でも飲もうぜ」とKは言った。
反対する理由は無い。でもそれだと車を運転する人が、つまりSが一人だけ飲めないことになる。
「お前だけジュースでも良いだろ?」と尋ねるKにSは、「お前が酒の代わりに川の水飲むならな」と返した。
だったら、不公平のないよう河原で一泊しようという話になった。キャンプ用品はSが実家から調達してくれた。

川の流れとは逆に上って行くにつれ川幅は徐々に狭くなり、
角の取れた小さく丸い石よりも、ごつごつした大きな岩が目立つようになってきた。
D字状に旧道と新道が別れているところに差しかかる。
山沿いに大きくカーブを描いている旧道に対して、新道の橋はまっすぐショートカットしている。
車は旧道の方へと入って行った。

川を跨ぐ歩行者用の吊り橋のそばに車を停める。吊り橋の横には河原へと降りる道があった。
僕とSの二人で手分けして荷物を河原まで下ろす。その荷物の中には、車酔いでダウンしたKという大荷物も含まれていた。
川はさらさらと音を立てて流れている。川幅は十四,五メートルといったところだろうか。
対岸はコンクリートの壁になっており、その上を県道が走っている。
時間が経ち、陽の光が弱くなるにつれ、透き通っていたはずの緑は段々と墨を垂らしたように黒くなってゆく。
蛍の姿はなかった。出て来るのは完全に暗くなってからだと、ようやく回復したらしいKが言う。
「雲も出てるし、風邪もねえし、絶好の蛍日和じゃん」
蛍は、自分達以外の光を嫌うものらしい。それがたとえ僅かな月明かりでも。
「Kって蛍に詳しいん?」
「蛍だけじゃねえよ。俺は昆虫博士だからな。なにせヤツらは、そもそもは地球外から降って来た宇宙生物って噂だし」
ああなるほど、と僕は思う。

そんなこんながあってから、三人でテントを張った。
河原では地面にペグが打ちこめないため、テントを支えるロープを木や岩などに結び付ける。
五~六人の家族用のテントなので、中は結構広い。
そのうちKが、小型ガスボンベに調理用バーナーを取り付けて鍋を置き、湯を沸かし始めた。
テントを張る時の手際を見た時も思ったけれど、Kは意外とアウトドア派なのだろうか。
Sに尋ねてみると、「……おかげでガキの頃は色々連れ回された」と嘆いてから、「いや、今もだな」と付け加えた。
それからKは、大きな石を移動させて大雑把な囲いを作ると、周りの木々を集めて組み立て、たき火を起こした。
僕も手伝おうと薪を拾ってくると、「そりゃ生木だお前。煙が出るだけだぞ」と笑われた。

夕食が完成した頃には陽はだいぶ落ちて、辺りはオレンジ一色だった。
夕食は、ぶつ切りにしたキャベツやニンジンや玉ねぎやナルトや魚肉ソーセージを一緒くたに放りこんだ、
ぞんざいなインスタントラーメン。
でも見た目はアレでも味は中々で、鍋はすぐに空になった。
ラーメンが無くなると、紙コップにウィスキーを注いで、三人で乾杯した。
残ったキャベツやソーセージをつまみに。Sは何もなしで飲んでいた。
たき火の火に誘われてか、小さな虫たちがテントの周りに集まって来ていた。
蠅を一回りでかくしたような虫に、腕や足などを何箇所か噛まれて痒い。
「テジロちゃんだな」とKが言った。
何でも、捕まえてよく見ると、前足の先が白いんだそうだ。だから手白。
「よっしゃ、捕まえてみるか?」
「……蠅を見に来たわけじゃないでしょうが」
「そりゃそうか」
僕らは蛍を見に来たのだ。

「まだ出てこないね」
時刻は午後八時を回っていた。辺りはもう十分暗い。
「そろそろだろーな」
そう言うとKは立ち上がり、空の鍋に川の水を汲んできて、たき火の上にそれをかけた。
火が消え、辺りは目に見えて暗くなる。雲が出ていて月明かりもない。
辛うじて、テントの入口あたりに置いておいたガスランタンの小さな光だけが、視界を奪わないでくれていた。
暗闇の中、僕らはしばらく何も喋らず、黙ってウィスキーを胃袋に放りこんでいた。

「……そう言えば、お前らには話してなかったっけか」
沈黙を破ったのはKだった。
「この辺りじゃあな、数年に一度、丁度これくらいの時期に、蛍が大量発生するんだとよ」
興味を引かれた僕は、「へえ」と相槌を打つ。
「数年置きとかじゃなくて、本当にランダムなんだそうだ。研究者の間でも確かな原因は分かってない。
 ……でもな、この辺りじゃ、密かに噂されてる話があってな」

Kの表情は分からない。輪郭は辛うじて分かるけれど、この明かりでは互いの表情までは見えなかった。
「この川な。下流はそうでもないが、中流辺りだと突然深くなる場所とか、渦を巻いてる箇所とかあってだ。
 けっこう溺れて死ぬ奴がいるんだわ。近隣の小学生とか特にな。
 もちろん、そういう場所は遊泳禁止には指定はされてるんだが、……ま、子供の好奇心にゃ勝てんわな」
僕はふと、自分のコップが空になっていることに気付いた。ウィスキーのビンを探したけど、見えない。
「まあ、そうは言っても、数年に一人か二人だけどよ。
 でも、重なるらしいんだよな。水死者が出た年、蛍が大量発生する年。
 ……ああ、わりいわりい。ウィスキー俺が持ってるわ」
Kが僕の方にビンを差しだし、僕はKに紙コップを差しだす。
タタ、と音がして、辛うじて白と分かるコップに、何色か分からない液体が注がれた。
「……今年は、その、溺れた子がいるん?」
一口飲んで、焼けるような喉の刺激が去ってから、僕は尋ねる。
Kは「うはは」と笑って、「そんなこたぁ、俺はシラネー。ここには蛍を見に来ただけだからな」と言った。

「んでだ。その話には、もう一つ不思議なことがあってな」
Kが続ける。
「日本で見かける蛍ってのはさ、ゲンジボタルかヘイケボタル、大体この二種類でな。
 ゲンジボタルの成虫が出るのは、五月から六月、遅くて七月上旬にかけてだから。
 そうすると、八月のこの時期に出るのは、ほぼ年がら年中見られるヘイケボタルってことになる」
Kは本当に昆虫に詳しいらしい。
こういう風に、なるほどと思える話をKから説明されることは珍しいので、何だか違和感を覚える。
いつもならそういう解説はSの役目なのだけれど、彼はさっきからつまみも挟まず静かに飲んでいる。
「でもヘイケボタルってのは、集団発生はしねーんだよ。
 年がら年中見れるってこたぁ、成虫になる時期が同時でないってことだ。
 逆に、皆そろって成虫になるのは、ゲンジボタルの方なんだけどよ。
 でも、ゲンジはこの時期にゃあ交尾終えて死んでるし」
酔った頭でも何となく理解出来た。
つまり、Kはこう言いたいのだ。
「……つまり、大量発生するその光は、ホタルじゃないかもしれない、ってこと?」
「おうおうおう!何だ、察しがいいじゃねーか。……

ま、普通に異常発生したヘイケボタルっつう可能性の方が高ぇだろうけどよ」
「蛍じゃなかったら、なんなのさ」
「シラネーよ。見たことねえし。でもまあ強いていやぁ、そうだな。……鬼火とか、人魂とか、怪火の類?」
「……今年も見れると思ってるんじゃない?」
「シラネーシラネー」
そう言ってKは「うはは」と笑った。
またオカルト絡みか。今日はただ蛍を見に来ただけだと思っていたのに。
蓋を開けてみれば、やっぱりKはKだったということなのだろうか。
その時、今までずっと沈黙を守っていたSが、ふと口を開いた。
「出てきたぞ」
その言葉に、僕はハッとして川の方を見やった。
何も見えない。じっと目を凝らす。
ちらと、青い火の粉のような何かが視界の隅に映った。それを区切りに、河原に無数の青白い光が浮かび上がる。
突然、辺りがさらに暗くなった。KかSのどちらかが、テント前のガスランタンの光を消したからだろう。
おかげで目の前の光がよりはっきりと見えるようになった。
光は明滅していた。それも飛び交う全ての光が同じタイミングで消えては光る。

それはまるで、無数の光全体が一つの生き物のように思えた。
時間の経過とともに、光は更に数を増していった。河原を覆い尽くすかのように、僕らの周りにも。
思考も感覚もどこかへ行ってしまい、目だけがその光を追っていた。
度の強いウィスキーのせいで幻覚を見ているんじゃないかと疑う。それほど幻想的な光景だった。
雲に隠れた星がここまで降りてきたかのような、そんな錯覚さえ抱く。
「もの思へば、沢の蛍もわが身より、あくがれ出づる、魂かとぞ見る……」
ふと、我に返る。Sの声だった。
「……何それ?」と僕が訊くと、「和泉式部」とSは言った。
「誰それ」とさらに尋ねると、溜息が返って来た。
「お前、文系だろうが」

それから数時間もの間。僕らはただ、目の前の星空を眺め続けた。飽きるという言葉すら浮かばなかった。
時間はあっという間に過ぎた。
その内に少しずつ数が減ってきて、時刻が夜十時を過ぎた頃、光は完全に沈黙した。
Kがいったん消した焚き火を組み直し、火をつける。

つい先ほど見ていた光とはまた別の火の光。ぱちぱちと薪が燃えて弾ける音がする。
「昔の人は、人間に魂があるとすれば、それは火の光や蛍の光のようなものだと考えたんだが……。
 今のを見れば、まあ分からなくもないな」
手の中で空の紙コップを弄びながら、Sがぽつりと言った。
あの数は大量発生と言えるのだろうか。だとすれば、今年も誰かが川で溺れて亡くなったのだろうか。
感動と共に、僅かな疑問が頭をよぎる。
「……あ、そう言えばKって、虫取り網持ってきてたよね。使わんかったん?」と僕はKに尋ねる。
おそらくは、あの光が人魂か虫かを確かめるためには、捕まえるのが一番手っ取り早いということで持ってきたのだろう。
「ああ、忘れてたな……。ま、いいや。ありゃ人魂とかじゃねえよ。蛍だ。集団同期明滅してたし」
蛍だった、とKは言いきった。
「ああ、あの同時に消えたり光ったりしてたやつ?」
「そ。ありゃ蛍の習性だからな。ああやって、同時に光ることで雄と雌を見分けてんだよ」
「ふーん」
「……あーあ、でも俺ぁてっきり、今までに死んだ水死者の魂が、飛び交ってんだと思ってたんだけどなあ」

ただ、そういうKの顔に落胆の色はなかった。あれだけのものを見たのだ。満足しない方がおかしい。
僕たちはそれから焚き火を囲んで少し話をして、三人でウィスキーを二本ともう半分開けてから、寝ることにした。
興奮はしてたものの相当酔っていたので、熱帯夜にもかかわらず、すぐに眠りにつくことが出来た。

次の日の朝。起きると、テントの中に残っているのは僕が最後だった。
外に出ると、Sは河原の石に座って釣りを、Kは底が硝子になっているバケツを川に浮かべ、網を持って何かを探していた。
その日は、すっきりと雲ひとつない天気だった。
川の水で顔を洗ってから、釣りをしているSの元へと行ってみた。
「釣竿なんか持ってきてたっけ?」と僕が尋ねると、「昨日、そこの茂みで拾った」と言う。
じゃあ餌は何を使っているのかと聞けば、昨日の内にテジロちゃんを捕まえておいたので、それを使っているらしい。
見せてもらうと、テジロは本当に手の先が白かった。
ちなみにSはこの後、立派な岩魚を二匹釣るという快挙を成し遂げた。
塩焼きにして昼飯になったのだけれど、すごくおいしかった。

Kの元へ行くと、彼はゴリという名の小魚を捕まえようとしているらしい。
ちなみに彼はこの後ゴリを十匹ほど捕まえ、それは昼飯の味噌汁の具になるのだけど、
ゴリは骨ばっててとても不味かった。

二人共元気なことだ。などと思いながら、僕は河原を行ける所まで散歩していた。
その時、ふと足元に黒い昆虫の死骸が落ちていることに気がついた。
十字の模様がついた赤い兜に、黒い甲冑。拾い上げてみると、それは一匹の蛍の死骸だった。
そのまま持ち帰ってKに見せてみた。
「おう。蛍だな」
ちらりと見やりそれだけ言うと、Kはまた腰をかがめて水中に意識を戻した、かと思うと、
がばと起き上がり僕の腕を掴み、もう一度その蛍の死骸を見やった。
「ゲンジボタルじゃん……」とKは呟いた。
「ゲンジボタルなん、これ?」

「ああ、頭のところに十字の模様があるだろ。てっきりヘイケボタルかと思ってたけど。
 ……でも、何でこんな時期に出て来てんだコイツ。一,二月くらいおせぇのに」
僕はもう一度、自分の手の中のゲンジボタルの死骸を見つめた。
Kは「おっかしいな~」などと言いつつ、ズボンから携帯を取り出すと、何かを調べ始めた。
おそらくインターネットで、ゲンジボタルの生態でも確認しているのだろう。
「……あ?」
しばらくして、Kが妙な声を上げた。携帯の画面をじっと見つめている。
「……どしたん?八月でも出ますよってあった?」
「いや、そうじゃねえけど。いや、これは俺も知らんかったわ」
「だから何が」
Kは開いた携帯の画面を僕に見せながら言った。
「ゲンジボタルの学名だ。……『Luciola cruciata』 ラテン語で、『光る十字架』だとよ」
頭部の辺りに見える黒い十字が見えるけれど、これが十字架なのだろうか。
「……何を祝福してんのか知らんけど、溺れた奴が全員キリスト教でもねえだろうにな」
そう言ってKは「はは」と小さく笑った。
光る十字架。

僕は昨夜の光を思い出す。
ゲンジボタルが光る時期より一,二ヶ月遅れたこの季節は、子供たちが川で遊ぶ季節だ。
そうして人が溺れて死んだ年だけ、光る十字架たちは飛び回る。
全くの無関係なのだろうか、それとも。
ふと、昨夜Sが口ずさんだ歌を思い出す。
あの後、Sにあれはどういう意味かと訊くと、彼は面倒臭そうにこう言った。
『恋心に沈む自分の魂を、蛍にたとえた歌だ』
昔から、人は人間の魂を蛍の光に例える。
僕は首を振った。僕には何も分からない。

昼食が終わった後、僕らはテントを片付けて荷物を車に運び込んだ。
出発する前にKが「ちょっと待ってくれ」と言い、半分残ったウィスキーの瓶を持って、吊り橋の上へと向かった。
何をするのかと見ていると、Kは橋の上からウィスキーの瓶をひっくり返し、残っていた液体を全て川へと振りかけていた。
「よ、待たせたな」
戻って来たKに、何をしていたのか尋ねようかとも思ったけれど、止めておいた。
Kは何も言わなかった。だったら、こっちから聞く必要もないだろう。

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