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この記事は私がまとめました

鉄道ジャーナリスト、日本国有鉄道研究家の加藤好啓です。今回は、キハ60試作車について語ってみました。DMF31Hエンジンを搭載し、先進j的な技術も盛り込まれており、キハ60自体は量産に至りませんでしたが、ディスクブレーキなどキハ60から発展した技術は多々ありました。

blackcat_katさん

国鉄が期待した高出力気動車 キハ60

今回は、キハ55の後に試作された高出力気動車、キハ60のお話をさせていただきます。
昭和31年、キハ55形気動車が試作されましたが、昭和34年には、DD13形機関車に使われているエンジン(500 PS)を横型にした上で出力を低下させ400 PSとした気動車が3両試作されました。
形式はキハ60とキロ60で、昭和35年1月29日に落成しています。
ちなみに、キハ60-1は東急車輛製造、2は帝國車輛工業で製造されています。
また、キロ60は新潟鉄工が製作に携わりました。

100年の国鉄車両から引用

引き戸方式を採用しており、そ初期のクモハ451やクモハ471の先頭車と同じような特殊なドアが採用されていた。

100年の国鉄車両から引用

キロ26に準じた構造でした。

キハ60はこのDD13で採用されていたDMF31系エンジンを再び横型に設計変更して水平として出力も400PSに下げたものでした。
ただ、ここでの失敗はキハ81でも繰り返されることとなるのですが、それは水平にしたことでエンジンの潤滑が思うように行かなかったと言われています。
なお、昭和41年に試作されるキハ90及びキハ91で試作されたDMF15HSA及びそれを12気筒化したDML30系エンジンは、新たに国鉄が、新潟鐵工所、ダイハツディーゼル、神鋼造機の各社と共同開発したものであり、キハ60系のエンジンの発展型ではありません。
ちなみに、キハ60の最高速度は設計上は135㎞/hまで可能だったそうで、最高速度は110km/hの営業運転速度を目指していたそうです。

三両で少しずつ構造を変えていた。

鉄道ピクトリアル2003年3月号を参照しますと、キハ60は、1・2 キロ60で構造を少しずつ変えており、キハ60-2、キロ60-1は浮き床構造を採用し。また、キロ60に関しては試験中は二重窓と主て外側から窓を止めていました。なお、キロ60に関しては冷房装置の試験も行う予定であったとされています。部内誌に冷房「機関の排熱を利用した冷房装置の開拓試験も施こす考えも」と書かれているのはこれを指していると思われます。

他にも、キハ80などで見られる、多数の穴を開けて吸音材を裏貼りした構造など、その後のキハ80系気動車などに採用された新機軸が多数採用されていました。
以下の順で高級な材料・工法が使用されていました。
キハ60-1<キハ60-2<キロ60-1

出典鉄道ピクトリアル 2003年3月号

加藤追記

動車発展を目的として試作した3両は、いずれも違った構造とした。2両は(こだま)と同様な浮き床構造でハニカムポードを床板に採用し、キロは固定窓として徹底的な防音を試みたほか、機関の排熱を利用した冷房装置の開拓試験も施こす考えもある。そのうえ台車は空気パネ付の軽量高速台車とした。最高135kmhまで出し得る設計のほかに、出入口の扉は、戸袋を要しない外吊り式という新型だが、これは閉った時、側面は完全に平面となる新式半自動開閉式扉である。
交通技術 昭和35年3月号

落成後は、走行試験などが行われた。

鉄道技術研究所大井分室で60系ディゼル動車定置試験 2/8~2/19
東海道線 藤沢~茅ヶ崎間で60系ディゼル動車走行性の試験 2/21~2/22

外観は量産型のキハ55に準じた軽量車体ですが、外吊り引き戸を採用しており、浮き床構造を採用したほか、キロ60は騒音防止の観点から固定窓になっていました。
結論から言いますと、大排気量エンジンと直結2段変速機【DD51に見られる充排油方式】をスムーズかつ緻密に同調させることができず、乗り心地はかなり悪かったといわれています。

エンジンの振動や騒音が大きくて実用にならず、キロ60は、主権終了後の昭和37年には早くもエンジンをDMH17Hエンジンに換装し、1軸駆動となり、キハ60-101と改番されました。
キハ60の方は、試験終了後は予備車となり、房総地区各線で海水浴シーズンに付随車代用で使用された後、1965年(昭和40年)にDMH17H 1基搭載・1軸駆動に改造されたそうです。

当時の技術では、直結2段変速機【DD51に見られる充排油方式】の調速が上手く行かず、切替時に衝撃が大きく、当時の部内誌のでは、ショックが無い構造となっており、また昭和37年頃には試験を全て終了した・・・としか記載されておらず、国鉄技術陣に取ってはショックが大きかったものと思われます。

加藤追記

60系気動車で実用化された技術もある

ただ、エンジン以外で採用された技術はその後の車両のに反映されることになりました。
その一つが、ディスクブレーキで、キハ60で使用されたディスクブレーキはその後80系気動車で採用されました。
1台車2軸に出力が伝わる方式は、その後キハ65の開発の際に活かされることになりました。
そういった意味では、キハ60で開発された技術の一部は十分活かされたといえます。

気動車用のディスクブレーキは、1960年(昭和35年)に試作されたキハ60系気動車用のDT25系で試用された実績がある。本系列では、当時ラックレールのあった信越線への乗り入れ、車輪踏面のフラット対策と高速域でのブレーキ特性改善を目的として、DT27系を基本とする空圧油圧変換式キャリバー車輪ディスクブレーキ方式のDT31A(付随台車はTR68)の台車を採用した

鉄道ピクトリアル 2003年3月号 キハ55系特集から引用

キハ60で試作された、2軸駆動方式は、キハ91及びキハ181で実用化されることとなりました。

併せて読みたい

気動車の発展と開発

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