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momonga777さん

内田裕也さんのロックンロール完結、希林さんの元へ

ロック歌手で俳優の内田裕也さん(本名・雄也)が17日午前5時33分、肺炎のため、都内の病院で死去した。79歳だった

出典日刊スポーツ

妻で女優の樹木希林さんが亡くなってわずか半年。波乱に満ちた破天荒な人生を送ってきた裕也さんの人生の幕切れは呆気ないものだった。 「ここ数年は闘病の日々だった」という。

容体が急変したため、家族は看とることができなかった。妻で女優の樹木希林さん(享年75)に先立たれてから6カ月。ロック界のカリスマも、天寿を全うし希林さんの元へと旅立った。

出典日刊すポーツ

葬儀・告別式は近親者で行い、後日お別れの会が営まれる。

出典yahooニュース

73年10月に結婚した女優樹木希林さんとは40年あまり別居し、家族とも疎遠になっていたが、年1回の家族写真撮影では顔を合わせていた。昨年9月に希林さんが亡くなり、その葬儀・告別式を通じて、くしくも残された家族との絆を深めることになった。

出典日刊スポーツ

兵庫県に生まれた内田さんは中学でラグビー部、高校で野球部に所属するスポーツ青年だったが、エルビス・プレスリーに憧れてドロップアウト。60年を超える「ロックンロール人生」がスタートする。

出典日刊スポーツ

そんな若い頃から将来は音楽の道に進みたいと決めた内田裕也さんは夜間学校に入り直し昼間はバンド活動をし、夜学校に通い勉強するという日々を送るのでした。

出典コロコレ

まもなく同じく音楽活動を希望していた佐川満男さんと出会いロカビリーバンドのブルーキャップスを結成しました。その2年後にはさらに自身がバンドマスターとなるブルージーンバップスを結成します。

出典コロコレ

その後も活躍するべく内田裕也さんはそのバンドのまま大手芸能事務所、渡辺プロダクションに所属し同年に日劇のウェスタンカーニバルに初出場しました。

出典コロコレ

非常に人気だった当時は女性のファンも多く、歌を歌うたびに黄色い歓声があがっていたそうです。

ロックンローラーとして活動していた内田裕也さんですが若い頃はかなりのやんちゃだったそうです。

お酒などを飲み酔うとよく交番までわざわざ訪れ警察官に絡んだり、ウドー音楽事務所に包丁を持って押し入り「外国人ばかり使うな!」と言って暴れ銃刀法違反で逮捕されるというやんちゃぶり。

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過去にこのような事件を起こし、3度の逮捕歴まであります!

1970年代後半から映画俳優を中心に活躍しはじめた内田裕也さんですが「嗚呼、おんなたちの猥歌」という作品では内田裕也さんをイメージした歌手役を演じたことでも話題となりました。

また「コミック雑誌なんかいらない」「魚からダイオキシン」という作品ではなんと内田裕也さん自身が脚本を手掛け出演もし、衝撃な作品と話題になりました。

他の映画でも「花園の迷宮」や「水のないプール」「座頭市」「戦場のメリークリスマス」
ドラマでは「三匹の侍」「七人の刑事」などのヒット作品などにも出演されていたそうです。

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樹木希林さんは、バツイチで内田裕也さんは、再婚相手になる。

実は樹木希林さんの方は内田裕也さんと結婚する前に、当時俳優をしていた別の男性と結婚していたのです。

出典芸能ニュース

しかし結婚生活は長く続かず離婚したのち1973年に内田裕也さんと再婚したのです。
ただこの夫婦での生活もあまり続かず、たった2年で別居生活を送るようになります。

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それ以降なんと現在までずっと約40年以上別居生活を続けての夫婦だった。

普通でしたら離婚しそうですけど40年以上の別居・・・きっかけはなんだったんでしょうか?

それは内田裕也さんからのDVが原因といわれています。

出典コロコレ

「彼が暴れるともうどうにもとまらないのよ・・警察署に相談したらすぐに駆けつけてくれた。若い頃,特に結婚当時はひどすぎて暴力は、毎晩でした。
家の中はめちゃくちゃ包丁も毎回壊れ買い足しに何度も行きました。「オタクの包丁はなんでそんなに壊れるの?」とお店の人からも不思議がられていました。」

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