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【簡略版】 世界最高FWの歴史。

世界のサッカー史で、「その時代、一番、凄かったストライカー」を時代順に紹介して行きます。

更新日: 2019年05月03日

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この記事は私がまとめました

世界のサッカー史で、「その時代、一番、凄かったストライカー」を時代順に紹介して行きます。

rulliさん

【日本人に伝えたい、10代のペレ伝説。短縮版】

以上、【ペレ、豆知識】でした。

プロ1年目、16才でデビューして、
1年目から得点王になるなんて、
本当にペレは「天才」ですね。
日本人はTBSの『消えた天才』とかいうバカ番組を
見て生きているので、本当の天才を知らない。
だから頭のとてもおかしい民族だと思います。
本当の天才は、プロ1年目で得点王で、
プロ2年目、17才(日本だと高校3年生)、
でW杯を主役で優勝してます。

ペレは、メッシというW杯優勝できない凡才とは、
違いますね。
その後、ペレはプロ・デビュー1年目から
「9年連続、得点王」の記録を作りました。
やっぱり、メッシとは格が大きく違いますね。

写真、左端が ペレ。シュートを撃った。

リオ・デ・ジャネイロのマラカナン・スタジアムで
行われた「コパ・ロカ」という、
両国の「定期戦の大会」に、ペレは出場した
(観客 8万人)。

後半から出場し、後半31分、同点ゴールを決めた。
しかし、その1分後、アルゼンチンが追加点を決め
試合は、1-2で敗れた。

【本編開始】

「キャプテン翼」の悪影響か、世界で一番、「10番」、「10番」うるさい日本人に、「9番」(センターフォワード)の歴史と魅力を教えたいと思いました。

9番(センターフォワード)を中心に紹介しています。
しかし、CFでないが、ウィングなどで、
「CFより高い得点能力」を持つFWが居るので、
その場合は、そちらの選手を紹介してます。

同じチームの
ロナウド・ナザリオに9番を取られたサモちゃんの
悲哀。分かるかな~。

日本のサッカー誌(特にフットボリスタ等)とテレビ局はバカなので、こういう歴史は紹介しません。                 だから、私が日本人を教育したいと思いました。

日本人って、「映像が白黒の時代」だと、途端に興味を失うし、  その時代をバカにするよね。だから歴史に興味ないのかね?   「完全版」のヨーゼフ・ビカンを読んで欲しい。

サッカー史で、各時代の『世界最高ストライカー』を紹介します  (5年区切りで紹介しています)。世界では、1930年頃にプロ化した国が多いので、この時期から紹介します。

1910年、イタリア生まれ。    

【主な所属クラブ】
1927年-1940年  インテル・ミラノ  348試合、241得点

セリエA 優勝   3回(1930、38、40)
     得点王   3回(1930、36、38)

ミトローパ・カップ得点王 3回(1930、33、36)


【イタリア代表】 
1930年―1939年  53試合33得点

「W杯1934、MVP」受賞。

彼は、イタリア代表がW杯1934、W杯1938、「大会2連覇」した時の
主力FW。

現在でも、「イタリア史上最高の選手」と評価されている。

1912年、ハンガリー生まれ。

1930ー1948 フェレンツバーロシュ   383試合371得点

ハンガリー・リーグ優勝  5回(1932、34、38、40、41)
         得点王 3回(1936、40、41)

ミトローパ・カップ優勝  1回(1937)
         得点王 3回(1935、37、40)

【ハンガリー代表】
1931ー1943  67試合42得点

W杯1938 準優勝  得点順位2位。


彼は、1930年代、ハンガリー代表エース。

1913年、オーストリア生まれ。

【主な所属クラブ】
1931ー1935 ラピド・ウィーン 49試合52得点

1937ー1949 スラビア・プラハ 217試合395得点

オーストリア・リーグ優勝  3回
          得点王 1回(1934)

チェコスロバキア・リーグ優勝   5回
            得点王 10回

【オーストリア代表】
1933ー1937  19試合14得点

W杯1934 4位

【チェコスロバキア代表】
1938ー1949  14試合12得点

彼は、「公式戦得点数、サッカー史上、1位」。

20才で「世界最強、オーストリア代表」、主力だった。

1926年、アルゼンチン生まれ。

【主な所属クラブ】
1945-1949 リーベルプレート 66試合 49得点

1949-1953 ミジョナリオス  102試合 90得点

1953-1964 レアル・マドリード
              282試合 216得点


アルゼンチン・リーグ 得点王 1回
コロンビア・リーグ  得点王 2回
スペイン・リーグ   得点王 5回

欧州CC  得点王       2回


【アルゼンチン代表】
1947年 6試合6得点

「コパ・アメリカ 1947年」優勝。

1921年、スウェーデン生まれ。

【主な所属クラブ】

1944-1949 ノルシェービン  
              92試合93得点

1949―1956  ACミラン  
              257試合210得点

スウェーデン・リーグ 得点王 最多4回

セリエA 得点王 最多5回

スウェーデン、イタリア2ヶ国で
「得点王回数、最多保持者」。
セリエAでは「通算得点、210ゴール」、
歴代2位。

【スウェーデン代表】
1942-1948    33試合43得点

国際Aマッチ、「得点率1.3」。   
この得点率は、サッカー史上2位だ
(注:30得点以上の選手中)。

1927年、ハンガリー生まれ。

【主な所属クラブ】
1949-1956 ホンベド  349試合358得点

1958ー1967 レアル・マドリード 
             180試合156得点

ハンガリーリーグ 得点王 3回
スペインリーグ  得点王 4回

欧州CC 得点王      3回


【ハンガリー代表】
1945ー1956   85試合84得点

1990年代にイラン代表のアリ・ダエイに抜かれるまで約40年、代表の最多得点記録を持っていた。

FIFAは、プスカシュの得点実績に敬意を表し、
「1年で最も素晴らしいゴール」を表彰する賞の
名前を「プスカシュ賞」とした。

1940年、イングランド生まれ。

【主な所属クラブ】
1957-1961 チェルシー  157試合124得点

1961-1970 トッテナム  321試合221得点


「イングランド1部リーグ、最多得点357ゴール(516試合)」 記録保持者。

イングランド1部リーグ 得点王 6回(最多)

彼がイングランド1部を去って48年も経つが
(2019年現在)、誰もこの得点数と、得点王回数を抜けない。


【イングランド代表】
1959ー1967  57試合44得点

現役時代は、「代表最多得点記録」保持者だった。
代表引退後、抜かれた。

ペレは10番で、トップ下のポジションでしたが、
あまりにも得点能力が凄過ぎたので、
彼もこの頃の「最高ストライカー」として紹介しておきます。

はっきり言って、グリーブスより優秀な点取り屋でした。
「遙かに優秀」と表現した方が良い選手でした。

サンパウロ州リーグ、得点王 11回。
(プロ1年目、17才の時から、9年連続で得点王になった。
サッカーの歴史で、強豪リーグで9年連続得点王を
成し遂げた選手は、ペレ1人である。
またプロ1年目から得点王になった選手も、
恐らく彼一人だろう)。

1942年、モザンビーク生まれ。

【主な所属クラブ】
1961ー1975  ベンフィカ 
             301試合310得点


ポルトガル・リーグ    優勝  11回
             得点王  7回(最多)

欧州チャンピオンズカップ 得点王 3回

欧州チャンピオンズカップ 優勝 1回
            準優勝 3回

バロンドール受賞 1回(1965)
アフリカ出身の選手で、初めて受賞した。


【ポルトガル代表】
1961ー1973  64試合41得点

「W杯1966、得点王」。9得点(6試合)。

1945年、ドイツ生まれ。

【主な所属クラブ】
1964ー1979年 バイエルン・ミュンヘン
             453試合398得点

ブンデスリーガ  優勝 4回
        得点王 7回(最多)

欧州CC   優勝 3回
     得点王 4回

バイエルンで、
「欧州チャンピオンズカップ3連覇」
を成し遂げた。


【ドイツ代表】 
1966ー1974   62試合68得点

ユーロ1972年、W杯1974年に優勝した。
決勝戦で両方共、ゴールを決めた。

「W杯1970、得点王」、10得点(6試合)。

彼はドイツ史上、最高のFWだ。

1954年、アルゼンチン生まれ。

【主な所属クラブ】
1973ー1976 ロサリオ  107試合85得点
 
1976ー1981 バレンシア 142試合95得点

1982ー1984 バレンシア  42試合21得点


アルゼンチン・リーグ 得点王 2回 
              (1974、76)

スペイン・リーグ 得点王 2回(1977、78)


【アルゼンチン代表】
1973-1982   43試合20得点

「W杯、1978MVP」
「W杯1978、得点王」 6得点(7試合)

1955年、ドイツ生まれ。

【主な所属クラブ】
1974ー1984 バイエルン   310試合162得点

1984―1987  インテル    64試合24得点


ブンデスリーガ 得点王 3回
           (1980、81、84)

欧州CC 得点王     1回(1981)

「2年連続、バロンドール受賞」
(1980、81年)

【ドイツ代表】
1976ー1986   95試合45得点

「W杯1982、1986」準優勝

「ユーロ1980」優勝

1964年、オランダ生まれ。

1982–1987年  アヤックス  133試合128得点

1987–1993年  ミラン    147試合90得点

オランダ・リーグ 得点王 4回
(4年連続、1984~87年)。

セリエA得点王 2回(1990、92)

欧州CC得点王 1回(1989)

バロンドール受賞 3回(1988、89、92)

【オランダ代表】
1983ー1992   58試合24得点

ユーロ1988 優勝 & 得点王

1966年、ブラジル生まれ。

【主な所属クラブ】
1985ー1988 バスコ・ダ・ガマ 
            47試合17得点

1988ー1993 PSV   107試合96得点
1993ー1995 バルセロナ 46試合34得点

リオ州、得点王 7回(1986ー87、1996-2000)

オランダ・リーグ得点王 4回
       (1989、90、91、92)

スペイン・リーグ得点王 1回(1994)


欧州CL 得点王  2回(1990、93)

【ブラジル代表】
1987ー2005  70試合55得点

「W杯1994、MVP」受賞。

1976年、ブラジル生まれ。

【主な所属クラブ】
1994ー1996 PSV      46試合42得点

1996ー1997 バルセロナ   37試合34得点

1997ー2002 インテル    68試合49得点

2002ー2007 R.マドリード  127試合 83得点


オランダリーグ得点王 1回(1995)

スペインリーグ優勝  2回(2003、2007)
       得点王 2回(1997、2004)

バロンドール受賞 2回(1997、2002)

【ブラジル代表】
1994ー2011 98試合62得点

「コパ・アメリカ1997、MVP」
「W杯2002、得点王」

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