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フランスの大手自動車メーカー・シトロエンは車の真髄を追求している

シトロエンの歴史は、第1次世界大戦が終結した直後の1919年にさかのぼる。戦時中に開発した歯車と砲弾で莫大な資本金を得たアンドレ・シトロエンが、フランス版フォードとなるようヨーロッパでの大衆向け自動車製造を目指して会社を創立し、そこから長く続く歴史が始まった。

更新日: 2019年04月04日

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ちなみにシトロエンの趣旨は「クルマは、あくまで一般大衆のための便利な道具であり、クルマがあることで多くの人々の生活はより豊かなものとなる。」と述べている。

cobbyjpさん

第1次世界大戦が終わった後、一人の男が創業への冒険に乗り出した

1919年にアンドレ・シトロエンによって創業。当時まだ富裕層だけが手に入れることができた自動車を"一般大衆のための便利な道具である"と提唱。世界初の前輪駆動方式を採用し、最新技術を大量生産化により一般大衆も手に入れられる価格帯で販売したビジネスモデルは、自動車業界に革命を起こした。

創業者の指示によって1から丁寧に作られた、Type A

会社が創立した当時では、自動車はお金がたくさんある富裕層のみ所有できる贅沢品とみなされていた。しかしシトロエンはそんな常識を覆すように、ヨーロッパ初の大量生産方法で低価格かつ高品質な自動車を製造して国民に広めた。一番最初に誕生したシトロエン・Type Aはエンジンなどを格納する前方部分が長く最高時速65kmを発揮でき、幌の屋根も付いていて個性的な広告で宣伝したので、多くの人から注目を集めた。この時点で大成功を収め、一気に知名度を上げた。

常に新しい技術を早く取り入れることが、ずっと変わらない方針

長い間受け継がれているシトロエンの方針は、人に馴染みやすい車の開発だけではなく新しい技術を他社よりもいち早く採用することも当てはまる。その技術はボディデザイン、エンジンの性能、乗り心地、使いやすさなど多岐に渡っているが、ライバルのメーカーでは決して見られない特徴も取り入れている。

最初の車を高性能に進化させた、B2は2番目のモデル

1921年、シトロエンの第2弾乗用車となるB2が発売され、今度の性能は前回のTypeAを上回るので、より高機能なものとなった。なおその技術はサハラ砂漠横断にも使われ大成功を収めたので、未知の可能性を秘めていることをアピールできた。

自社のさらなる発展を目指して、5HPが作られた

シトロエンのあふれ出る想像力をたくさん詰め込んで、新型コンパクトカー・5HPが誕生した。こちらはTypeAをベースにしていて、赤と黒のはっきりとした色合いがなかなか魅力的である。こんなに味わい深い昔の車は、現在では決してお目にかかれない。

シトロエン5HP。 第一次大戦の戦争成金の1人だったアンドレ シトロエンはアメリカ工業の底力を骨身にしみて知っている人物。課税馬力を示す5cvではく5HPなのはアメリカへの尊敬を表すと言われる。 まあ、そうだろうな、と思う。 pic.twitter.com/SaSh5IeWRN

世界初のFF駆動車トラクシオン・アヴァンへ力を入れる

勢いを留まらせないシトロエンは、1934年に世界で初めての前輪駆動・FFとモノコック構造を取り入れた自動車、トラクシオン・アバンを開発した。名前はフランス語で前輪駆動を意味しており、その技術は当時なかなか先進的だったので、たくさんの人から親しまれて他の自動車メーカーに圧倒的な差をつけた。23年間も販売を継続してその数は70万台以上に達し、第2次世界大戦のドイツ軍にも供給した。

車の歴史を変えた画期的な前輪駆動車「トラクシオン・アバン」の最初のモデルとなったTraction 7 。1934年から1957年まで、22年間に渡って製造されました。シトロエン革新の歴史はこちらから:citroenorigins.jp/ja #CitroënOrigins pic.twitter.com/dagnddHwqx

どっひゃー…トラクシオン・アバンって60年は前の車なんですが。タイムスリップしてきたみたいにピッカピカ! pic.twitter.com/c98p4ok4xk

シトロエンのトラクシオン・アバン(7CV/11CV/15CV-SIX) 量産車としては最初期に前輪駆動とモノコック構造を採用した車。 DSと迷ったけど、FFの可能性を示した先駆者という事であえてこっちで。 #ホンダ以外で好きなFF車を挙げる pic.twitter.com/lUBdypZTUs

経営破綻、創業者の死去、第2次世界大戦で苦しい時期に追いやられた

これだけ軌道に乗っていたシトロエンは、トラクシオン・アヴァンを発売した時に急激な事業拡大を行ったため、経営破綻という苦境に追いやられてしまった。その上1935年には創業者のアンドレ・シトロエンが胃がんで亡くなってしまったので、さらにどうすることもできない事態に追い込まれた。この苦境を何とか脱却するために独自の技術・ハイドロニューマチック・サスペンションやユニークな経済車・2CVを開発して名誉挽回を図った。

ソーニャがヘルムにデートに勧めている一台 トラクシオン・アバン (そんなにシトロエンが好きか) pic.twitter.com/O27hUK85j6

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