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元々は物々交換から始まった?

大昔の人びとは、自分の物と他人の物と物々交換をして欲しいものを手に入れていました
①誰もが欲しがるもの
②食べ物

昔のお金とは

中国で西暦621年に作られたといわれている「開元通宝」が遣唐使などによって日本に持ち込まれたと言われている。

「開元通宝」を元として造られた日本最古の貨幣と言われている「和同開珎」
西暦708年に作られたとされている

708年以降で約250年の間に12種類ほどの貨幣が造られたが、流通は主に近畿地方のみと限られており銅が不足し質が悪くなりその後600年ほどは貨幣が造られなくなったと言われている。

豊臣秀吉が金銀貨幣を造った!

安土桃山時代から江戸時代の初期にかけ造られた貨幣
直径175㎜あり世界最大級の大判

徳川家康が貨幣制度の統一に着手

通貨の単位は金・銀・銅と3種類
種類によってお金の制度がバラバラだった

金貨の場合は
「両(りょう)」
「分(ぶ)」
「朱(しゅ)」
があります。
一朱金が4枚で1分、一分金が4枚で1両(小判1枚分)

銀貨の場合は
「貫(かん)」
「匁(もんめ)」
「分(ふん)」
があります。
貨幣の枚数ではなく、重さで価値を測って使われるのが特徴です
(銀貨の重さ10分が1匁、重さ10000匁が1貫)

各貨幣の単位
●金貨(計数貨幣)…1両=4分=16朱
●銀貨(秤量貨幣)…1匁=10分、1000匁=1貫(貫目、貫匁)
 ※秤量貨幣の単位「匁」は、重量の単位そのもの(1匁=約3.75g)
●銭貨(計数貨幣)…1000文=1貫文

明治維新以降の貨幣

明治政府は発足当初は通貨制度の整備が出来なかった
通貨不足の為に自らも太政官札や民部省札などを発行した
これにより各種通貨間の価値が非常に複雑になり偽造金貨、紙幣が発行され通貨制度は混乱した

1871年に新貨条例を制定

金貨を貨幣の基本として単位も「両」→「円」に
本位貨幣である金貨とは別に外国との貿易用に貿易銀として1円銀貨を通用させたので、金本位制をうたいながら実質的には金銀複本位制がとられた

貨幣の単位を1円=100銭=1000厘に変更
1円は金:1.5g

1872年旧紙幣を回収

紙幣の統一のため旧紙幣を回収し、新紙幣「明治通宝」を発行
印刷技術が乏しかったため、ドイツの印刷業者に原版を依頼した
このためこの新紙幣は「ゲルマン紙幣」と呼ばれた

1872年に国立銀行条例を制定

この条例により全国で153の国立銀行が設立された
これら国立銀行には条件のもと紙幣の発行権が付与されました。
当初発行された国立銀行紙幣(旧券)は、政府がアメリカの会社に製造を依頼したものであったことから、当時のアメリカのナショナルバンク紙幣の様式と類似していました。

1877年には寸法や図柄が一新された紙幣(新券)が発行

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