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【洒落怖 シリーズ】 自称占い師

数ある洒落にならない怖い話の中で同作者によるシリーズ物の作品を紹介します。今回の作品は『自称占い師シリーズ』です。

更新日: 2019年04月10日

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この記事は私がまとめました

Ghostailさん

『自称占い師』シリーズ

子供の頃から「霊感」「奇跡」などの不思議な力の類が大好きでした。
ある時、占いの師匠となる人と出合った事により
現在、私は本業の傍ら占い師をしています。
そしてこの話は占い師として出会った人々の少し不思議なエピソードです。

「洒落怖シリーズ」は同作者によって書かれた怪異譚。
同じ登場人物や語り部などが登場する複数の話を
シリーズ化した作品を載せています。

第01話『占い師の独白』

私は自称占い師です。

なぜ自称かと言えば、それがなりわいではないからです。

別に仕事はあります。

でも、その仕事では足りないので、副業的に占いをしています。

私が占いに関心を持ち始めたのは中学生のとき。

私の手相が他の人とは違う《ますかけ線》だから。

《ますかけ線》

とは、

知能線と感情線が一緒になって横一文字の線になっている手相のことを言います。

確率的に言えば、片手のますかけ線は百人に一人と言われます。

さらに両手のますかけ線は、千人に一人と言われます。

それほど珍しい手相なのですが、私は両手がますかけ線で、
私の父も両手がますかけ線でした。

強運の持ち主と言われますが、私の父や自分自身を見ても、
あまりそうは思えません。

そいうことから、占いに関心を持ちはじめたのです。

占いの師匠との出会い

手相、姓名判断、タロットなど、一通りかじってみたのですが、
一番しっくりきたのが《四柱推命》(しちゅうすいめい)でした。

私が四柱推命に出会ったのは今から二十年前のこと。

当時 私は、人生のどん底にいました。

結婚の約束をしていた人に、突然 別れを告げられたからです。

「どうして私ではだめなのか?」

そう聞いたのですが、その人は黙って泣くだけでした。

骨身を削るほど愛していたから、
その日から精神のバランスを崩すようになりました。

その後、その人は引越したのですが、転居先を特定して訪ねていきました。

今思えば、ストーカーでしたね。

さらに引越したので、もうその先を調べるのはあきらめました。

そんなとき、私は占いの師匠に出会ったのです。

師匠から四柱推命をしてもらい、
どうしてうまくいかなかったのか納得できました。

それからしばらくして、師匠について勉強するようになったのです。

師匠の教え

私の師匠は、できるだけ数をこなせと言いました。

それで、当時 パソコン通信時代の掲示板に

「無料鑑定をします」とだし、

たくさんの依頼にメールで答えました。

また、知人友人に声をかけ、占わせてもらって反応をみました。

師匠が言うには「お金をもらって鑑定しないと身にならない」とのこと。

確かに、無料だと

『どうせ無料だから、外れても文句言わないでしょ』

みたいに思ってしまいます。

最初お金をもらって鑑定するときは本当にドキドキしましたが、
早めにそうしたから良かったと今では思っています。

ある婦人との出会い

当初、『当てなくちゃ』という思いが強くて、

出た結果そのものを全部 相手に伝えていました。

うそがつけない性分なので、良いことも悪いことも、隠さずに言いました。

それが正しいことだと、信じて疑いませんでした。

しかし、ある婦人との出会いで、考え方が180度変わる出来事があったのです。

その人に出会わなければ、今の自分はなかっただろうと思います。

その方には、けっこうお世話になっていました。

ある意味『恩人』という感覚がありました。

その方は母子家庭で、結婚してすぐに離婚されていました。

占いが好きで、あちこちの占い師に観てもらっていたのです。

でも、よく「強すぎて、女性としては幸せになれない」と言われていたそうです。

あるとき、いつもの恩返しの意味で「占ってあげますよ」と言いました。

たしかに私が観ても、残念ながら女性としては男勝りなので、
幸せになりにくいかなあと思えました。

でも、その方には本当に幸せになってほしかったのです。

それで、根拠はないのに

「三年後に良い人と結婚できますよ」

と言ってしまったのです。

その方はとても喜んでくれました。

私は少し罪悪感を感じたのですが、そうなってほしいと、
心から願っていたのです。

翌日、その方に会うと、雰囲気が変わっていました。

普段はメガネをかけてお化粧もあまりせず、髪もボサボサなのに、
その日は髪もきれいにしてお化粧もばっちり、着ている服も華やかでした。

あまり笑顔を見せない方だったのに、とてもニコニコされていたのです。

その半年後、私は遠くに引っ越してしまい、
その方のことも忘れていたのでした。

ところが、三年後、突然 その婦人からハガキが届いたのです。

「あなたの言うとおり、良い方と出会って三年後に結婚しました」

そのハガキを受け取ったときは、心底びっくりしました。

あの占いのことなど、とうに忘れていたからです。

運命は自分が決めるもの

私は、そのとき以来「良いことだけを言おう」と決めました。

その婦人は、占いが好きで信じやすかったのです。

だから、

「あなたは幸せになれない」

という占い師の言葉を信じ込んでいたのでした。

けっこう、占い通りに生きていらっしゃる方は多いです。

逆に、占いに当てはまらない生き方をしていらっしゃる方もいます。

私の本業は別なのに、占いだけをしに来られる人がいらっしゃいます。

その人は、少し自信がなくなってくるとやってくるのです。

その人が来られたら、私は自信を持って言います。

「大丈夫、あなたの思い通りになりますから」と。

この言葉には、私の願望が入っています。

「言葉で運命は変えられる」

という奇跡を、もう一度見たいからです。

(了)

第02話『除霊ボランティア』

私は中学のころから、

《霊界は存在するのか》

など、目に見えないものに関心を持っていました。

よく霊がみえるとか、死者と話すという人の話を聞くのが好きでした。

私は本業の傍ら、ある教室をやっているのですが、
その生徒さんにはいろんな方が来られます。

もちろん普通の方も多いのですが、

《相性》というか《類は類を呼ぶ》というか、変わった方が来られます。

ある霊能者の女性

今から十年以上前、ある四十代後半の女性が来られました。

その方は「高野山で修業した」と言っていました。

高野山といえば、

和歌山県にある《弘法大師・空海》が開いた場所ということぐらいしかわかりません。

仏教には全く詳しくないのですが、私の名前は変わっているので、

昔はよく「お寺の子?」と聞かれていました。

でも実家は会社員でした。

若いころはなんとなく

『永平寺で修業してみたいなあ』

なんて思ったこともありましたが、
とても厳しいという話を聞いて断念しました。

彼女は 霊能力があるそうで、その力のほどは計り知れませんでしたが、
人助けがしたいといってました。

本業は別に持っているのですが、
ボランティアで御祓いをして回っているとのことでした。

霊能力があると聞いただけで、羨ましいなあ……と憧れてしまいました。

本当に霊は存在するのか?霊界はあるのか、ないのか?

という次元を行ったり来たりしている私にとって、
霊と闘って除霊するなんてヒーローのように思えました。

一週間に一回のペースで教室に来られていたのですが、
どうしても霊能力の話を聞きたくなってしまいます。

テレビ番組などではよく見たりしていたのですが、
実際の現場に立ち会ったことがないので興味津々なのです。

彼女が言うには、一軒一軒回りながら

『この家は感じる』

というお宅に声をかけ、ボランティアで御祓いをさせてもらうんだそうです。

私がイメージしていた御祓いは、その家や人に憑いている霊を
そこから追い出すことだと思っていたのですが、

彼女が言うには「自分の体に取り込む」のだそうです。

えっ!?取り込む!?……飲み込む!?

私にはイメージがしにくかったのですが、
それ以上詳しくは教えてくれませんでした。

疑問が湧いたので

「取り込んだあとはどうなるの?」

と聞いたのですが、よく理解はできませんでした。

簡単な霊はそんなに大変でもないそうなのですが、
強い霊はけっこう大変なんだそうです。

彼女はちょっと太めの体型でした。

腕も太く、鍛えている感じでした。

そう考えると、除霊って格闘技なのかな?と勝手にイメージしました。

何回か週一ペースで通ってこられたのですが、
あるとき、ずいぶん来られなくなってしまいました。

本業の仕事が忙しいのかなと思って、あまり気にはしていませんでした。

七ヶ月くらいたったある日、久しぶりに彼女が来られたのです。

「お仕事、忙しかったんですか?」

と聞くと、入院してたそうなのです。

聞けば、除霊に行ったさきの家で、かなり強力な霊と格闘し、
自分の体に取り込んだはいいものの、結果 半年以上入院することになったそうです。

「えー!?」っとびっくりしました。

まったくのボランティアなのに、入院することになるなんて……

霊能者は早死にする人が多いと聞いたことがありますが、
命がけなんだなあと思いました。

そして、あらためて尊敬するようになりました。

その後、彼女からの連絡はなくなりました。

今も元気なのか、それとも体を壊してしまったのかはわかりません。

せめて、生きていてほしいなあと願っています。

(了)

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