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アメリカが誇る自動車メーカー・キャデラックの深くて長い歴史を振り返る

アメリカ合衆国の高級自動車メーカー・キャデラックは、キャディの愛称で親しまれ王侯貴族や大統領も愛用していることで有名だが、同じく肩を並べる企業・フォードの創業者であるヘンリー・フォードによって創立されたことを忘れてはならない。

更新日: 2019年04月10日

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そしてキャデラックの車は主にアメリカ市場に進出していたが、カナダ、アジア各国、中東諸国にも浸透して、1990年代からはヨーロッパにも伝播するようになった。

cobbyjpさん

1899年に、企業家であるヘンリー・フォードが立ち上げた自動車会社・キャデラック

アメリカの大手自動車メーカー・ゼネラルモーターズが展開する、世界を代表する高級車ブランド。キャディの略称を持つ。

当初は1899年にヘンリー・フォードを擁して設立された「ヘンリー・フォード・カンパニー」。社内対立によりヘンリー・フォードが会社を去った後、デトロイトを開拓した探検家であるフランス貴族のアントワーヌ・ロメ・ドゥ・ラ・モト・スィゥール・ドゥ・カディヤックにちなんで、社名とブランドが変更された。

努力が効果をあらわすまでには時間がかかる。多くの人はそれまでに飽き、迷い、挫折する ヘンリーフォード pic.twitter.com/6wdPs3qAGo

努力が効果をあらわすまでには時間がかかる。 多くの人はそれまでに飽き、迷い、挫折する。 ヘンリー・フォード pic.twitter.com/YpMkCQiV7K

起源となる一番最初の車は、まるで馬車みたいな構造だった

キャデラックの第一歩となる車は、1903年に登場したモデルAで見た目はまるで貴族が使うアンティークな馬車のような風貌だった。エンジンは今のように立派ではない水冷単気筒だったが前進2段と後退1段のギアボックスを備えて画期的に走れるようにしており、この頃から本格的な大量生産を開始した。ちなみにこのモデルAは、現在トヨタ博物館で大切に展示されている。

古い時代から、当時なかなか思いつかなかった先進技術と高級感を積極的に取り入れていた

設立して間もない頃のキャデラックは、当時の自動車において大きな欠点だった部品互換性の悪さをいち早く克服し、ゼネラルモーターズ・GMの傘下に入って先進技術を早く取り入れることを目指した。ちなみにその頃の先進技術は、セルモーター及び量産V型8気筒エンジンまたはV型16気筒エンジン、ダブルウィッシュボーン式前輪独立懸架などが挙げられ、近代の自動車に求められるものを徹底的に追求した。その上より最先端の乗用車になるよう高いブランドイメージを定着させたので、スポーツ選手や悪のマフィアがこぞって愛用し、ついにはロールスロイスやデューセンバーグと肩を並べるようになった。

ちなみに、こちらがオリジナルのデューセンバーグたち。 3、4枚目のクルマはアメリカの大物司会者にしてカーガイ、ジェイ・レノが所有しており、PS3ソフト「L.A.ノワール」にも登場しています。 おそらくデューセンバーグが正式に登場し運転できる唯一のゲームなので、気になる方はぜひw pic.twitter.com/IHdmFziYKZ

兄弟車となるブランド・ラ・サールを立ち上げ、安価な値段を目指した

1928年になるとキャデラックだけではなく、兄弟ブランドとなるラ・サールを設立して、富裕層以外の一般市民が購入できる車作りを目指した。ちなみに外観はキャデラック本来にも劣らない豪華さがあるが、ライバル車のブランドに押されて1940年に撤退せざるを得なくなったとCOBBY。

ふつくしい Tバードの対抗馬であると同時に、ビル・ミッチェルの頭には、戦前に廉価版のキャデラックとして人気を博したラ・サールがあったという pic.twitter.com/766QEeifTi

大恐慌と第2次世界大戦で苦境に追いやられたこともあった

これまで紹介したキャデラックは軌道に乗っていると思われがちだが、1930年代前半に起こった世界大恐慌という経済危機により、販売台数がものすごく低迷してしまった。この苦境はルーズベルト政権によるニューディール政策などで乗り切ったが、今度は1939年に勃発した第2次世界大戦の影響によって新しいモデルの開発ができなくなってしまった。しかし戦時中はアイゼンハワーやマッカーサーがキャデラックを利用していたので、細々と生産を続けることができた。

斬新な形状を生かした車で注目を集め、誇りとも言える絶頂期を迎えた

どうすることもできないと思われていた窮地を乗り越えて、第2次世界大戦終戦後に自動車業界初の曲面ガラスとピラーレスハードトップ、世界中で流行していたテールフィンを加えたキャデラック最新の車を開発した。これは世界中で大きな反響を呼び、ここからキャデラックは斬新なデザインを積極的に採用するようになる。そしてモデルチェンジは毎年のように行われ、最新技術の導入も採用している。

いくつもの車を開発し続けて、再び独自のブランドを確立した

1950年代で迎えた絶頂期は、独自に開発したダグマー・バンパーや豪勢なエクステリアデザイン、エアサスペンション、パワーステアリング、ボタンで選択できるオートマチックトランスミッションなどの最新技術を詰め込んだ車を世に出した。キャデラック特有の最新技術及び麗しいデザインは、どんどん販売台数を伸ばして世界各国の高級車を圧倒させ、大富豪やスーパースターなどに愛用されるようになり、たくさんのハリウッド映画にも登場することもできた。

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