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勘違いしてない?ロシアとの北方領土交渉が「2島+α」である理由

第二次世界大戦終結から70年以上ものあいだ、ロシアと主張が対立してきた北方領土問題。安倍総理が問題解決に向けて示した「2島+α」案は日露関係の歴史から見ても自然な落としどころではあるが、報道などの影響で世間の北方領土問題に対する認識が、事実とズレてしまっているように思える。

更新日: 2019年04月17日

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安倍総理は北方領土問題解決に向けて「2島+α」を提示している。一部では「譲歩では?」との声も上がっているが、この案は歴史的根拠に基づいたバランスの良いものである。戦後の北方領土に関する歴史を振り返りながら、日露のこれからを考えていく。

rinarinapiyoさん

■北方領土問題解決の糸口に?「2島+α」案

安倍総理とプーチン大統領は、11月14日、シンガポールのAPEC会合の際の二国間会談で、戦後70年以上未解決のままで続いてきた、領土問題を解決し、平和条約を結ぶことに合意しました。

(中略)

まず安倍総理は「1956年宣言を基礎として、平和条約交渉を加速させることで、プーチン大統領と合意した」と述べています。

安倍総理の「56年宣言を基礎として平和交渉を加速させることで合意した」という報道に、
「譲歩?」「無難な着地点」などさまざまな意見が飛び交っている。

そんな中、北方領土問題に詳しい鈴木宗男氏はこう述べている。

元衆議院議員、新党大地代表。
地元である北海道を活動拠点とし、日露関係に力を入れる政治家として知られている。

「現実的な対応が浸透してきていると感じます。私は現在においても『4島一括返還』を言い続けている人たちの歴史認識に問題があると思っています。確かに旧ソ連時代にはそう主張し、4島一括返還の上に『即時』までつけていました。ですが、ロシアとの領土問題交渉の基礎となるのは、1956年の日ソ共同宣言(以後56年宣言)です。平和条約締結後に、歯舞群島と色丹島の2島を日本側に引き渡すというものです」

ソ連時代と現在のロシアでは、対応のありかたも全く違ってくる。

「56年宣言に批准」は”譲歩”ではなくスタートラインに立つための”大前提”

ではなぜ56年宣言が”大前提”なのか?日露(日ソ)両国の歴史から紐解いてみよう

■北方領土問題解決における大前提「56年宣言」

日ソ共同宣言に署名する鳩山総理とブルガーニン首相

日本とソ連が1956年に署名した日ソ共同宣言の通称で、日ソ両国の戦争状態を終結させて国交を回復させる、とした。宣言には、平和条約交渉を継続し、締結後に歯舞、色丹二島をソ連が日本に引き渡すとの合意も盛り込まれた。

日ソの国交を回復させる宣言。
北方領土のうち2島を日本に引き渡すことも明記された。

領有権をめぐってロシアと対立している、択捉島・国後島・歯舞群島・色丹島の4島の総称。

56年宣言で返還が明記されているのは歯舞群島・色丹島。

1951年の「サンフランシスコ講和条約」で、日本は択捉島・国後島の主権を事実上放棄している。

そのため、「日ソ共同宣言」によって返還を明記されている歯舞群島・色丹島をベースに交渉するのが現実的である。

■日本側が「4島の即時返還」を主張するようになった理由

「四島一括返還」という言葉はないんです。未だに政治家でもマスコミの方でもそう言ってますが、確かにソ連時代にはそう言い、その上に「即時」とまでつけていた。なぜなら、ソ連自らが「領土問題はない」と言っていたんです。だから日本は強く出たのです。

・ソ連の手のひら返し、原因は「冷戦」

西側諸国のアメリカを盟主とする資本主義・自由主義陣営と、東側諸国のソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営との対立構造。
米ソ冷戦や東西冷戦とも呼ばれる。

ソ連が「領土問題は存在しない」と主張を翻した大きな理由の1つに、日本とアメリカの関係強化が挙げられる。
1960年に日米安全保障条約(日米同盟の根幹になる条約)が締結され、日本国内にアメリカ軍が駐留するなど、日米両国の関係はより深いものになっていた。

すると、当時冷戦中でアメリカの敵国であったソ連は猛反発。
日ソの友好関係もそれに基づく取り決めもすべて白紙撤回されてしまったのだ。

1960年(昭和35年)、第2次岸改造内閣(岸信介首相)が日米安全保障条約改定を行った事に対してソ連が反発し、歯舞群島と色丹島の返還(ソ連側は「両国間の友好関係に基づいた、本来ソ連領である同地域の引き渡し」と主張)を撤回したため、両国の政治的関係は再び冷却した。

日本がアメリカとの関係を強化し西側諸国の一員になったことで、ソ連の態度は硬化。
田中角栄首相がモスクワを訪問するまで、両国の首脳会談は17年ものあいだ開催されなかった。

冷戦も終結し、ソ連からロシアに変わり早30年。日露関係は少しずつ良い方向へ向かっている。

・プーチン大統領は北方領土への米軍基地参入を懸念?

作家、元外務省主任分析官。
「北方領土の生き字引」とも呼ばれるエキスパート

日露関係は少しずつ良くなってきているとはいえ、やはりロシアにとっては日米関係が気になるようだ。
2018年9月、プーチン大統領が安倍総理に向けて「一切の前提条件を抜きにして日露間で平和条約を締結しよう」と発言したが、プーチン大統領の言う「前提条件」とは何なのか?

元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏はこう述べている。

プーチン大統領の言う「前提条件」とは、1960年にロシア側が発した「グロムイコ覚書」を指します。すなわち、1956年に署名された日ソ共同宣言では、平和条約締結後にソ連が歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すことで合意したが、その履行には日本からの全外国軍隊の撤退が条件となる、というものです。

グロムイコ覚書は、その直前に日米安全保障条約が成立したことにより、歯舞群島や色丹島に米軍が展開するのではないかというソ連側の懸念から出てきたもの。だから安倍政権は今回、ロシア側に水面下で何らかの明確なメッセージを発し、その懸念を払拭したのだと思います。

つまり「”北方領土問題の解決”をスルーして平和条約を締結する」のではなく、「領土問題の障壁となっている疑念」をナシにしようという意味合いが正しい。

日露それぞれ”安定政権”であるうちに北方領土問題を解決するには、56年宣言を前提とした「2島返還+α」を軸に交渉を進めるのが無難だ。

■「+α」に含まれる”経済協力”が交渉のカギに

北方領土の「2島返還+α」案は、ロシアにとってもメリットが大きい。
その中でも経済活動の分野で日本の知識や技術が大いに役立つだろう。

なぜなら、ロシアの経済状況は決して安定しているとは言えないからだ。

ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の最新調査によると、ロシア経済は2013年末時点で予測されていた規模を10%余り下回っていることがわかった。当時はまだ、ロシアがクリミアを併合し米国や欧州連合(EU)が相次いで制裁に踏み切る前だった。原油価格の低迷もロシアの経済不振が続いた要因の一部ではあるが、制裁措置の影響はより大きい。

欧米からの経済制裁、原油価格の低迷などによって経済は停滞。
国民の生活にもその影響が出始めている。

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